<   2017年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧
この地球を、真に支配している知的生命体
年齢による、女性特有の不定愁訴を、

自然界は、いつも深い癒しの技術と、

温かい心をもって、

深く癒してくださいます。


小鳥さんの、心温まるさえずりで、

一瞬で、心の曇りはすがすがしく晴れますし、


時には、不定愁訴も、症状が重いときなどには、

漢方薬や、アロマテラピーなどの利用も、

短めの使用期間と最小限の使用を心がけることで、

症状も、飛躍的に良くなるものですが。


その、貴重な植物さんたちの、薬学的な、

薬価的なエッセンスにもまして、


実は、もっとも強力に、癒しの力を持っている、

「生きて、そこに生え、

存在してる植物さん」の力に、

勝るものはないのだということを、

自然界は私に、深い癒しの力を授けてくださいました。


「よもぎの窓辺」とも表現されるように、

古代から、アジア、古来中国のことわざにもあるように、

我が家も、その、素朴で清貧な住まいや、

暮らし方をしていますが、


現代の日本で、精神性によって、

あるいは、人々の生活によって生じる環境下によって、

自然と生えてくる植物が変わるときに、

蓬(よもぎ)、が育つよりもまず、

テングサと、私が仮に呼んでいる植物さんが、

育つことの多い、住宅街の庭ですが、


人間の多くすむ、環境下であっても、

たくましく育って、住まう人々を守ってくださっている、

その、蓬さんと同じ種の、テングサさんも、

すさまじいまでの、力強さで、

人の免疫の修復に働きかけてくださっていることに、

気がついたのです。


人はいつも、

食べられるか、食べられないか、

薬効があるのか、毒性のものなのか、と、


人間にとって、何らかの有用性があるかどうかをもって、

植物の価値を、決めつけてしまっている現代人ですが、


本当の価値というものは、

人間が、まだ、うかがい知ることのできない、

次元の認識力の中にあり、


その、崇高な次元においては、

すべての植物さんに深い価値があり、

名も、忘れてしまっている雑草と呼ばれる、

小さな草々にも、「神の領域の働き」という、

人間が、もっと敬意を払うに値する尊厳があることを、

自然界は教えてくださるのです。


蓬さんや、テングサさんの葉が、

纏(まと)っていらっしゃる、

繊細な白い綿毛が、


そこに存在していながらも、

ある次元において、

人間の細胞を優しく、

真綿でくるむかのように包み込み、守り、

天界の心と、細胞をつなぎとめて、

癒してくださる力を持っているのです。


庭先に自然に生え育つ、小さな草々、

一つ一つが、宇宙生命体として、

優れた機能を持っていらっしゃり、

さらに宇宙機能を持ち、

自由に行動することのできる

昆虫さんを呼んでくださいます。


昆虫さんは、人間の人体に、

量子物理学的に働きかけて、

生命の機能の修復をしてくださり、

植物さんや小鳥さんとの、

相乗効果でなさってくださるその作用は、

死のふちにいるものにも、

生命として、生きる力を与えてくださるのです。



もちろん、現代の人間が、

今使わせていただいている、

古来からの英知である、

漢方薬や、アロマテラピーの、

エッセンシャルオイルには、

以前からずっと有効性を感じ、

深い敬意を持ち、心から愛しているのですが、


ある日、自分自身にとって、

身近で遠い、ともいえる人から、

すれ違いざまに感じるようになってしまった、

癌の匂いや、あるは別の人の、死に近しいかおりを、

感じ取れてしまったことがあったとき、


われわれ人間よりも力強いと思っていた、

植物さんのエッセンスでさえ、

自然界の生きた生命体とは、切り離されて存在する、

死のかおりと、まったく同じ香りを、

小瓶の上から、かおらせていることに、

気がついてしまったのです。


そのとき、小鳥さんのさえずりで、外へ出ると、

夏の日差しと、天からの降り注いでくださる雨に、

植物さんの、生命に満ちた香りが、

人体にも、心にも、愛とともに、立ち込めてきました。


生きた植物さんや、自然界に生きる生命は、

格段に優れた、他の生命への癒しの働きかけを、

なさってくださっていることを、

深く、感じ取ることができたのでした。


日本には、古来から、

食べることの目的以外で、

植物さんからエッセンスを作り出す、

という習慣は、

そうあまり多くはないように思えるのです。


また、漢方薬の調合の種類も、

中国のものよりずっと少ない処方しかありませんでしたが、


古来、自然とともに、

素朴で純粋に生ることができる、

恵まれた環境下にあった日本人にとっては、

その処方すら、いざというときのためのもの、

そして、あらゆる症状に対応できるものという、


より大きな、偉大な自然界の力に育まれた、

概念が、あったからなのかもしれません。



大切なことは、

生きている植物さんのそばに、

愛と感謝と、深い存在への理解をもって、

佇(たたず)むこと。


それが、自然界の皆とともに生きることなのだと、

気がついたのです。





不定愁訴の、

その症状の度合いが軽くなるにつれて、


薬学的な効能が、すでに認められている、

漢方薬や、アロマテラピーなどから、


日常的に、食事と同じように扱われている、

ハーブティーへ、移行してゆくときに、


私の場合は、幻聴や、ホットフラッシュの名残を、

和らげるために、カモミールを飲むと、

それらが、消えてゆくのを感じました。


しかし、飲み続けると、

体や脳が、慣れてしまうのか、

効能が薄れてゆくように感じられるのですが、


効能が薄れてゆくと感じるのは、

ハーブ自身も、

そして、アロマテラピーのエッセンスなども、


実は、自然界から切取られて存在している状態であっても、

彼らは、生きている彼らと、今もつながっていて、



同種の、生きている植物さんと、

綿密に連携し合って、

人々の人体を癒してくださっていらっしゃることに、

気がついたのでした。


彼ら植物さんが育った外国のフィールドや大地、

その大気に漂う、根源的な宇宙エネルギーとのつながり。


そして一方では、使用している人間の身近に育って、

人々の家々の庭の植物さんとさえも、

生命の癒しの連携を行い、

人を癒してくださっているのです。

本当に、本当にありがたいことです。


それがゆえに、

一人の人間が、同じものを使い続けていると、

その種の植物に負担がかかってしまい、

その人への分の、癒しの効能が、

低下してしまうものなのだと、わかったのです。


植物さんに、命に、深い感謝を持って、

そして、いつの日か、癒してくださった彼らに、

恩返しができる存在となれるように。


そのように、生命として、

この宇宙で命を与えられ、

幸せに生きるためには、

彼らへの感謝と、ご恩を忘れないでいることが、

とても大切なことなのだと、気がついたのです。



まだ気づきの浅い段階の、ある時期、

効能が薄れたら、一時、

別のものを取り入れたらよいのではないかと考えて、

次は、違った種類である、

レモングラスのハーブティーを、

主人に買っていただこうと、考えていたころ、


いつものように、庭で植物さんや樹木さんのもとに、

佇んでいますと、

そよ風が、優しく吹いてきて、

そんなにたくさんは、いらないのだということを、

教えてくださるかのように、


その風が、購入しようと思っていた、

レモングラスのハーブの香りを、

帯びているのに気がつきました。


レモングラスの葉の形に、そっくりな、

日本の空き地に育っていらっしゃる、

よく見る、よくある、その植物さんが運んでくださる、

そのそよ風は、


フレッシュな葉のまま淹れた、

レモングラスのハーブティーと、

同じ力強さで、よい香りをもって、

私を包んでくださったのでした。


私は、本当に驚き、

もっと、もっとこの香りと愛を…と、

深呼吸をしたのでした。


今まで、この草さんが、

それは、ススキさんの、夏のお姿なのですが、

こんなにもよい香りがするとは、

思いもよらなかったのです。


人は、季節が違うと、

さまざまな植物さんが、

花が咲いたとき、

あるいは、実りを迎えたときに、

どんなに美しいか、

どんなに価値があるのか、という大切なことを、

思い出せなくなってしまうものです。


彼らは、どんな姿であっても、四季を通して

常に助けてくださっている、宝(たから)の存在です。



その花を、実りを楽しみにしている自然界の生き物、

生活の糧としている小さな神なる存在が、

その植物さん、一本、一本に、

すべてを託していることもあるのです。


花や実りを、よく知っている身近な樹木さんが、

人間の事情で、ある日突然であるかのように、

切られてしまうことは、

とても悲しいことでありますし、


もし、人間的な状況判断から、

やむにやまれぬ事情であったとしても、あるいは、

よくするために、そうせざるを得ないときでさえも、

そのときより、その人の人生がよくなることは無いのです。


もっと問題は、内面のあり方にあるからなのです。


むしろ、そこを自然のそのままに、

自由にすること、

それが、よくなってゆくための、原理なのです。


世の中の誰もが、

名も知らない小さな雑草を、大切に思う気持ちを育てる。


数千年の間、積み重ねてきた人間の、

英知と知識を、

自然界の偉大な叡智へと融合させてゆくことが、

今、もっとも新しい生き方。


むしろ自分たち人間だけが、

よりよく生きようとすることを、

執着をせずに、手放してしまえることが、

とても大切な、幸せの法則なのです。


植物さんたち、昆虫さんたち、

小鳥さんをはじめとする、

地球上のあらゆる知的生命体である、

生き物さんたち、


人は、気がつかないかもしれませんが、

現代の人々の身近に住まう、ネズミさんや、

コウモリさん、ネコさんや、トカゲさんや、

ヘビさん、タヌキさんでさえ、

素晴らしい叡智と、生命の連携を持って、

愛のまま、存在していらっしゃり、


気づきと理解の深まった、

努力をすることを忘れないでいる人々を、

常に守ってくださる、

神様のとる、謙虚な、

仮のお姿をなさっていらっしゃるのです。



彼らは、人の心の成長に応じて、

そして、愛と理解の深さに応じて、


生命の秘密の扉という、

本物の魔法を、


黒でも、白でも、黒白でもない、


輝くお日様の、黄金の魔法を、

私たちにそっと明かしてくださるのです。


みつ花





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by kotorihua | 2017-07-31 09:43 | 神々からのメッセージ
もう一度、純粋無垢な、雛さんのように。
今年の春に生まれた、スズメの雛さんが、

少しずつ大人になって、立派に成長なさるお姿を、

自然界の神様たちは、私に、

彼らのそばにいて、見せていただけるという、

チャンスを与えてくださいました。


毎朝、夜が明けると、

真っ先に夜明けを告げる、

ヒヨドリさんのさえずりの指示に従って、

たくさんのスズメさんたちが、

街の中で寝床になさっている、

繁華街の安全な街路樹の上から、

続々と、家族単位や、グループの一団単位で、

その日の餌場となる、郊外の広い畑や、

空き地などへ、次々と飛んでいかれるお姿のある中で、


我が家の庭に住んでいらっしゃる、

一組のスズメさんの家族のお姿も、

同じ時間帯ごろから、拝見するようになります。


夜明けのお日様が昇り、明るくなり始めると、

私は、小鳥さんに促されて、朝の散歩へと、

静かな住宅街の中に、招待されるのですが、


東の空の、透明感のある陽(ひ)の輝きが、

その日それぞれの形をなしている雲を照らして、


ときには、ブルーや澄んだ水色に、

そして銀色に輝いたり、


とある日は、

薔薇の朱色のように、

赤々と、雲をどこまでも照らして、

黄金に輝く太陽が、住宅街の屋根や、

家々の庭の木の上に、立ち昇ってゆく、


一日のうちで、

最も美しいのではないだろうか、とも思える、

素晴らしい時間帯を、

神様は私に、プレゼントしてくださるのです。



その美しい輝きの中で、

まだ、あどけない、スズメの雛さんは、

ほんの一週間ほど前までは、

親鳥さんが運んで来てくださる食べ物を、

私が、見守って眺めている、

樹木さんの枝の上で待ちながら、


おねだりのさえずりや、

喜びで、羽を小刻みに震わせて、

親鳥さんが雛さんの口元に、食べ物を運ぶ瞬間を、

私に、何度も見せてくださっていたのですが、


翌日になると、雛さんは、

親鳥が食べ物を運んでくるのを待つと同時に、


待っている間にも、自ら周辺の枝を見て回りながら、

食べ物を探していらっしゃり、

さらに翌日は、

親鳥さんが少し離れたところから見守るなかで、

自ら食べ物を捕獲するお姿を、見せてくださいました。


今日の雛さんは、私の散歩道の、

道路わきの垣根で、私が、間近で見つめている、

という状況下であっても、

たくみに、飛び交って、

日に日に上達し成長なさるお姿を、

見せてくださるのです。


雛さんのまだ柔らかく、淡い茶色の、

美しい、命の輝きに満ちた存在が、

そばにいてくださることの、どんなに愛おしく、

心が勇気づけられることでしょうか。



私事(わたくしごと)ではありますが、

英語の勉強も、ある一巡をめぐり、

会話での「話し言葉」が理解できるようになると、

次は、「書き言葉」の学びに移行してくるときに、


まるで、すべてを最初から、

学び重ねてゆく必要性があるくらいに、

綿密で、きちんとした作業に、

今一度、立ち返らなくてはなりません。


口頭での、慣れたアルファベットのつづり方から、

書式用の、長く難しい単語を覚えてゆく作業や、

書式用の文章を、頭の中で正確に構築する作業は、


まるで、英語の初心者が、

アルファベットを並べ始めた初心のころと、

まったく同じように、一つ一つが、

大変もどかしいのです。


もう一度、英語を学ぶ、小さな雛に立ち返ったように、

一つ一つ、積み重ねてゆくのです。


その、私の姿を、

自然界の皆さんが、決して私の心が、

くじけてしまうことがないようにと、

一日、一日、進歩してゆくように、


自然界の中で、すさまじい速さで、

たくましく成長なさる、スズメの雛さんを、

我が家の窓辺に遣わしてくださり、

心から、励ましてくださるのです。


さらに今日は、いつも雛さんに、

手取り足取り、教えつつ、

私が雛さんを見つめているときには、

離れた場所で、背後から見守っていてくださり、

雛さんへの日々の子育ての成果を、

嬉しそうに、見せてくださっている親鳥さんが、

英語を勉強しようとしている私を、

窓の外から、呼んでくださいました。


私が、そっと窓を開けますと、

庭先に育つ、鮮やかなオレンジ色をした、

ノウゼンカズラの、窓辺にまで伸びている、

花の枝に、スズメさんが、

舞い降りてくださったのでした。


親鳥さんのなさるお姿を、

雛さんは、通りの電線の上から、

安全確認のためのさえずりを、

常になさってくださっていました。


スズメさんが、本当に、目と鼻の先とも、

手元ともいえる近さに、

わざわざ飛んできてくださることが、

本当に驚きと喜びであり、


連日の親子のスズメさんが、私に与え、

授けてくださっている、深い愛を思い、

スズメさんが、飛び立っていかれた後、

嬉しくて、涙が出てしまったことは、

言うまでもありません。


今日から英語の勉強は、新しい段階に入り、

丁寧に、構文を一つ一つ理解して、

例文を、自分の使う形に、言葉を置き換えながら、

書き出してゆくという、膨大な作業をしてゆこうと、

思っていたところであり、


どちらかというと、

インスピレーションのままに楽しく学ぶというよりは、

日本の学生たちも嫌がるような煩雑な方法であり、


単純でありながらも、変化させた文の、

細部にまで気を使って、単語や構文の使われ方が、

正しいかどうかを、確認してゆく作業は、

大変なことだと思います。


それでも、その作業を乗り越える先に、

語学の成長はあるのだと、

スズメさんは教えてくださって、

励ましてくださっているのだと思います。



ノウゼンカズラの花は、

それは、私だったと思えるほど、

スズメさんが、舞い降りてくださったその枝に、

間違いなく私の心や魂は、

彼らに触れていたのだと思うのです。


みつ花







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by kotorihua | 2017-07-30 04:44 | 神々からのメッセージ
新しい時代の、新しい生き方
西洋の文明が、終わりを告げて、

あらゆるものが、自然界の叡智に融合されてゆく。

古来から、常に自然界とつながった一部である、

大宇宙が行っていること。


いかに科学的に進んだ、西洋の文化といえども、

小さな世界観のひとつにしか過ぎません。


宇宙の根本の原理、量子力学のマクロ的ミクロの世界から、

物事の本質である、その働きによって、

生命たちにとって、よりよい世界に向かうために

時代が、今、新しくなろうと、躍動を始めている。

その、「時の兆し」を感じて、再び。


これからの時代、争いを避け、

二元論を超えて、自然界に融合してゆくならば、

決して0(ゼロ)からの始まりではなく、

より豊かになってゆく世界が開けることでしょう。


みつ花






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by kotorihua | 2017-07-29 15:38 | お久しぶりです♪
ホライズン
時空を超えるために。

生命を清らかに保つために、

自然界は、宇宙と連携し、

人間の不調和を解消しようとなさっている。


固形である、錬金術から、

清らかな生命への進化をとげようとしているのです。


干渉する、電磁領域からの、

重い周波数に縛られることがなくなるために、

日々、清らかに、心を静かに保ち、

自然神であるものと、宇宙的なるもの、

本来の場へ戻るための、道標を与えてくださっています。


感情から生み出される、重荷を手放して、

清めてくださる、その時空での気づきは、

自分自身の中にあり、

いつでも心を整えることで、

それらは、癒されてくるのです。


昆虫さんたちの場が、清らかに私たちを癒し、

愛し、巧みに、軽やかな心へと導いてくださるのです。


遺伝子が、魂を吸着するネットを越えて、

ラッピングを超えて、

金属や、石への埋没を超えて、

別の次元の扉が開かれるのです。


植物さんたちが、光の形態を生み出し、

小鳥さんたちにそれは育てられて、

魂の還元が行われてゆきます。


人体のループを超えるには、

恐れや、憎しみも、元は、

光のエネルギー形態のよき側面であったピュアな、

存在そのものであること。

そのことを思い出すこと。


寂しさからでもなく、

情でもなく、

淡々と、光や、水、風に、植物に、花に、

自分自身を還元し、

それらとともにあること。


自分自身を惑わす電磁波領域では、

自分自身を手放し、

フラットになること。



この記事を書いたのは、ずいぶんと前のことになりますが、

(今年の四月ごろ。)

現実に、このことを体験したことがありました。


人は、自己の我をなくしたときに、

多くのことに気がつくようになります。


そして、自然界の一員として、

彼らの力の一助に、少なからずなれる存在でありたいと、

心が自然と願うとき、

生きる力を、与えられるように思います。



みつ花





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by kotorihua | 2017-07-29 15:28 | お久しぶりです♪



古えの奥義・天の鳥船と伝説の小鳥たち
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