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神様と心を通わせるには
今日は、全国的に台風が来る日で、

大気は少し不安定でした。

このような嵐の日は、自然界の生き物たちもみな、

台風対策の準備で忙しいので、神様からのメッセージを、

受けることを躊躇していました。


久しぶりに昨年度に書きとめていた、

個人的な日記を読み返してみると、

本当に日々、心に向き合って、自然界の振る舞いや、

神様のお言葉に向き合って、一生懸命頑張っている、

まじめな自分の姿がそこにはあって、今よりも、まだまだ幼くて、

主人と、こんなこともあったね、と楽しく思いだしていましたら、

台風直前にもかかわらず、シジュウカラさんが窓辺で、

さえずってくださいました。

★★★
~光りの扉を開く準備はいいですか。~

みつ花、話してもいいですよ。


僕たちは、いつもみつ花のそばにいます。

みつ花が大きくなる、一人前になるのを、見守っています。


いつも頑張っているみつ花からは、とてもきれいな光が出ています。

その光を目指して、神様はやってくるのです。

光の扉を開けたら、みつ花は神様と合一します。

それが、桜さんの秘密です。


楽しみです。


☆☆☆

そうおっしゃって下さいました。


光の扉を開ける準備という言葉の意味は、

いつも小鳥さんの言葉を聞くときの光のBOOKSのことではなく、

もっと、別のことを示唆していらっしゃるのかもしれません。


私には、まだよくわからないのですが・・・。

私も何が起こるのか、今から本当に楽しみです。


昨年の日記の中で、自分自身が忘れないようにと、

書いていた文が、もし少しでも皆さんのお役にたち、

そして神様のお役にたてるなら幸いと思い、

今日はこちらも書いてみようと思います。

★★
神の救いとは、一人一人の自由意思に任されている。

決心しなければ、神様からは、救うべき人間が見えないようである。


行動で、頑張っていることを示さなければ、

本当の思いは、神様に通じない。

清まりたいなら、助かりたいなら、

自らの人生のことや、家の掃除のこと、自分の心のこと、

まず自分で清めなくてはならない。


神様が大切にすることを、

大切にする自分になってゆかないとならない。


神様に救われた人というのは、現実でどんな環境であっても、

その人自身は、とても幸せである。


常に救いとともにあるので、奇跡を何度も体験しているので、

神様の御業を、心から信じて生きてゆくことができるものである。


いつでも神にとっては、助けることも助けないことも自由自在にできる。

人間が選択し、どうしたいかということを決心しない限り、

それは起こらない。


人間の道と、神の道で選択に迷うとき、

なかなか自分の感情や欲を抑えることができなくて悩むと思う。

でも、決心することで、頑張ることで、必ず神様はその欲の苦しみから、

救い上げてくださる。


頑張っている姿、過程を見ていらっしゃるのが神であり、

結果として、救いを与えられて、苦しみから解放していただける。


神様がくださる導きや、天菓によって遺伝子が変性してゆく、

それを信じられるかどうかである。

☆☆

日記を今、通して読んでみると、客観的に、なんだか初めて、

自分てこんなに頑張る人だったのかと、感心してしまいました。


今までは、相手(家族の振る舞いとか)のことしかわからなくて、

感情に埋没していたのだと思います。

感情を超えるには、一生けん命走って、

羽ばたくしかないような気がします。


相手ではなく、自分自身を認める、

知るようになるまでになるということは、

人生にとって、大切なことなのかもしれないですね。


「足るを知る」ということわざは、(現状に満足する)という意味で、

欲張らない、という意味で現在は使われていますが、

実は全く意味が違うようです。


本当は、「自分の足を知る」という意味なのだと知りました。

「己を知る」という意味でもあるのでしょう。


それは神々の世界を見て、自分の霊体を見るときに、

初めて、このことわざの真の意味が、分かるようになっているのでしょう。


みつ花
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by kotorihua | 2012-09-30 19:48 | 神とつながる
大黒天の覚醒のために
今日は、外の空気がとても心地よくて、ベンチに腰かけていると、

樹木さんや小鳥さんたちが、外でお昼を食べるようすすめてくれました。

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それから、先日庭先で聞きなれない小鳥のさえずりを聞きまして、

彼は何を言っているのかと、光のBOOKSを開きますと、

「みつ花ただいま。帰って来たよ。」といいます。


その時はシロハラさんなのか、誰だか分からなかったのですが、

今日、声の主がベンチのそばの樹木の中でずっとさえずっています。

冬鳥のジョウビタキさんがさえずりながら、姿を現してくださいました。

本当に嬉しかったです。

大人なのに、飛び跳ねて喜んでしまいました♪


昼間、ベンチで樹木さんがくださったメッセージを書いてみようと思います。

★★★
みつ花、話してもいいですよ。


インドの、マーラーのこと、大黒天のこと、話してみましょう。


インドの叙事詩、「マハーバーラタ」、「ラーマヤーナ」、

それらがもたらした禍(わざわい)は大きく、

この地球の地軸を変動してしまう波動でした。


遠い古代に、人は、善悪感、つまり意識、哲学することによって、

自然界とつながる空間の波動認識を忘れ、埋没してゆきました。


哲学は、人を尊大にします。

神の言葉を聞くときに、人は慎ましくなります。


和して生きるものに、本当の神の恵みは、

降りそそぐようになっているのです。


インドの人々が、日本の噂を聞いて、この地にやって来たのは、

5400年ほど前のことでした。


彼らは大自然とともに生きる知恵に到達し、

「神道」を立ち上げました。

日本の古神道は、5400年の歴史があります。

それは、まだ神を知ることのない人々のために開かれた、

寺院のようなものでした。


真実の神道は、大自然の中にあります。

大自然が守られることが、神を守ることなのです。


巨大な樹木と一体になる。

それは、瞑想でなく、心でともにあると「感じている」ことなのです。


大黒天は、神を人間の領域に次元下降させた状態を表しています。

宇宙、日月の天蓋(てんがい)が、家の屋根と柱に閉じ込められ、

人は、神と切り離された家屋の中で、神事を行うようになり、

神との連携を忘れてゆきました。


風が語るとき、鳥も樹木も語っています。

星が語るとき、人々にもつながる生命の御親(みおや)のすべてが、

語りかけているのです。


人が家の中でも、その囲いを超えて大自然を感じて生きるならば、

それは、必ずそうなるべく、自然界や神々との垣根は、

なくなってゆくのです。


黒塗りの柱は、生きて青々と、緑の葉をたたえ、美しい花を咲かせ、

実りを迎える一本の樹木となるのです。

そのとき、鳥も日も星も、みなそこでともに暮らすのです。


それが、大黒天が殻を破って生命の息吹を吹き返すための、

叡智なのです。

☆☆☆

自然界は、インドのことについて、このようにおっしゃるのは、

本当に不思議でした。

インドのことは、本当に予想外のことです。

私にはよくわかりませんが、人類にも地球にとっても、

きっと本当に深い、何か事情があるのだろうと思います。


樹木さんによれば、

マーラーとは、大黒天ということになり、

人間の世界でいうところの、大黒柱ということになります。


大黒柱は、家族やその屋根の下の者を支えますが、

一本の自然のままの樹木は、宇宙の天蓋を支え、

日の昇る柱となり、多くの生き物たちを養うでしょう。


みつ花
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by kotorihua | 2012-09-29 15:35 | 超古代と遺伝子の病
カラスの神様が見せる夢
★★★
日の出は、生命の高まりを、日の入りは、未来の希望を、

必ず夜明けが来ることを。


月、宇宙、そして夜は、

夢と生命の素の再生のためにある安らぎ。


人は、闇、夜を恐れてはならない。

この静寂なるときこそ、

人は真に生きる力を与えられるのである…



カラスは、夜を司(つかさど)る神です。

我々はもっとも魂の奥深い領域に入り込みます。


人の(夜見る)夢と、(希望である)夢とが、

相関性のあるように、夜の秩序を保っているのです。


始まりは、恐竜時代、

我々は、彼らの(夜見る)夢の力を使って、進化を促がしました。


恐竜に夢を与える、そうなりたいという望みを与えることで、

進化を促がし、今があるのです。



(希望である)夢を見ること、願いを持つことを、止めてしまうならば、

万物に宿る太古の進化への希求は、消えてしまうでしょう。


どうか、願うことを忘れないでください。

希望を持って生きてください。

そうなるべく、我々は夢の中で、生命の遺伝子に働きかけています。




(夢の中でうまくいかずに、くじけてしまいそうになった当時の私に)

みつ花が望めば、何でも叶います。

夢や、願望を捨てるな。

摂理や、相手を尊重して生きる我々を、必ず助けるみつ花。

信じろ。みつ花が生命にくれた希望の光が、

我々を目覚めさせてくれたことを。

みつ花とともにいる。

☆☆☆


私は、神が何であるかを知ることができていながら、

みなさんに、小鳥さんたちや樹木さん、昆虫さんたちが偉大であると、

説きながら、慎ましくかわいい小鳥でいらっしゃる神々を、

守ろうと振る舞ってしまう、強さであると同時に、弱さがあります。


だから、彼らが万能である神であることを、

すっかりと忘れてしまうことが多いのです。

心配したり、悩んだり。

そのたびに、神様に、そうではないことを厳しく、そして優しく、

教えていただくこととなるのです。


神というのは、万能です。

時間も空間にも、奇跡を起こす力があります。

物質転換も、物質移動も。


そして、それを起さない、という選択も自由自在に可能です。


夢の中での私の心の弱さを、

カラスさんをはじめとする小鳥さんたちは、

演じる、映像を見せる、ということで克服を促がしてくださっています。


目覚めて、日々の生活の中でも、

その克服するべき心の状態に、直面することがあります。


夢の世界と現実の世界とは、繋がっていて、

いつでも、克服のチャンスを用意してくださるのです。


カラスさんが、古代は神であるといわれていたのに、

現代、そうではないといわれていることを信じているとしたら、

人は決して目覚めることはないでしょう。


でも彼らをずっと最後まで信じてゆくならば、

必ず自分の中に潜む、遺伝子の闇を克服できると思います。


人間の遺伝子の中で、暴走するもの、

その存在を明らかにしてくださるのが、

夢の世界で、魂を導くカラスの神様なのです。



私は、夢の中で、善と悪との存在となっているそれぞれを、

今も、見抜くことができないでいます。


これが、神様からの、大きな試験であることは、

本当によくわかっているのですが、なかなか善悪を見抜けないのは、

自分自身が、この世の中を、善悪に分けて

見ている癖がついているせいなのかもしれません。


神様は、人が本当に人自身の曲がったものの見方や、

意識を手放して、起る出来事すべてを良きことに思えるようにと、

いいことしか起こっていないと思えるようにと、

促がしてくださっているようなのです。
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みつ花



以前書いたこちらの記事もご参照ください。

賢くて優しい天使カラス

優しい目のカラス

白い天使

神様のくださった舞台で、演じるカラス
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by kotorihua | 2012-09-29 11:34 | 知性への扉
桜の木と鳳凰
今日は、久しぶりに山桜さんのところへ行ってきました。

今日は、なぜか桜さんたちの葉が、とてもよく香る良い日でした。

桜餅を包んでいる、桜の葉と同じ香りがします。
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思えば、ずいぶんとしばらく、

桜さんとはお話をしていなかったのでした。


夏にメッセージを下さった頃、もう暑いから、

これからはここ、桜並木に来るのではなく、

小鳥さんに窓辺で伝えてもらいますと、

桜さんがそのようにおっしゃってから、はたしてそのようになり、

ずいぶんと日が経ちました。


たった一度、お盆を過ぎた頃だったでしょうか、

桜さんは夢の中で、私を樹木のもとに呼びました。

眠っていた私は、実際の意識は、いつも目覚めているような感覚で、

夢の中の世界を、常に旅していました。


その晩は、寝間着姿のまま、桜並木の一本のソメイヨシノのもとに、

すくっと、植物が生えるかのように、

私は、木の根もとに生えてきました。


そこでは、神々の宴が行われていました。

すっとそこに浮かんでいる私に、その宴の神々が、

様々なことを語ってくださいました。


その中で、話し合われていたのが、

もし、このまま人間である私に、片方の羽しかない状態だったら、

この時代を過ぎてしまったら、人間たちはもう、

神々の祀り方を、忘れてしまうに違いない。

さてどうしよう。。という話し合いでした。



私には、まだ飛べませんけれど、二枚の翼がちゃんとありましたのに、

神様は不思議なことをおっしゃる。と、

その時に、不思議に思ったのでした。


翌日、目覚めた私は、急いで主人と、その桜の木のもとへ行きました。

夢で私が訪ねた桜の木の根元へ行くと、

そこには、小さな植物が生えていました。

その植物は、「カタバミ」でした。

私は、この植物のカタバミを依代として、本当に前の晩に、

ここへすくっと生えて、立っていたのでした。
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(今は、秋草が茂って、カタバミが見えにくいですが、

夏の頃には、ほとんどカタバミしかありませんでした。)


「カタバミ」は、「方喰」と書きますが、本当の名は、

「片羽見」と書いて、カタバミ。

その日から、もう片方の羽という意味が何のことを言っているのか、

まったくわからないまま、昨日の夜まで、

私は神々によって、さらに厳しい心の研鑚を、

日夜、積むこととなったのでした。



そのようなわけで、今日は心の大きな気づきを得た、

本当に大切な日でしたので、桜の木さんへ訪ねてきたのでした。


山桜さんは、本当に久しぶりに、お言葉をかけてくださいました。

★★★
みつ花、いつもどうもありがとう。

花と鼻とが、同じ音(おん)を共有することには、深い意味があります。


人は、魂が崇高であれば、女性は木の花となります。

しかし一度(ひとたび)、誰かや何か、そして自分の境遇を、

良く思わないようになる、つまり、恨みを持つようになると、

(遺伝子の中の振る舞いである)動物の世界で例えるなら、

豚の鼻の穴の中に落ちます。


これが、「人を呪わば穴二つ」の、本当の意味です。


美しく優しい心の木の花が、鼻に落ちる。

嬶(かかあ)とも、嬶(かかあ)天下とも言いますが、

それは、神々の世界では、あってはならないことです。


美しい花は、(感情に荒れ狂う)スサノオになってしまうのです。

それを克服することは、非常に難しく、人間には無理なことです。

みつ花が自然界に出会い受けてきた数年間の遺伝子転換のように、

大自然の神々による、複雑で深い癒しの方法が必要なのです。


スサノオが、再び木の花を咲かせる。

それが、日本に大切に伝えられて、今までずっと隠されていた、

天の奥義なのです。

☆☆☆

そうおっしゃって下さいました。

スサノオ神が、再び木の花を咲かせることは、

人間の魂のアセンションを意味します。

古代の日本では、そのことを、不老長寿、永遠の生命と、

様々に呼んできました。


私は今日、桜の木さんに掌を当てると、

手のひらが白銀に輝いていましたので、

きっとこれが、先日の神社で解放した、龍のお力かとも思い、

自然界の神様のお力を、どうか自然界の神様たち皆でお使い下さいと、

捧げるように、つぶやきました。目をつむっていましたら、

光の玉が手から出てきて、美しく七色に光っている鳥になりました。


その鳥が、そばの山桜さんへ向かったので、山桜さんにも手を当てると、

反対側の手からも、同じように光の玉が出て七色の光の鳥になりました。


そして大自然にお力が帰ってゆきました。

これが鳳凰なのだと、その時にわかりました。

鳳凰は、二羽揃わなければ、ならなかったようです。


私は、また、思い出したように、カタバミの生えていたあの、

ソメイヨシノさんのもとへ行きました。

鳳凰を解放した二本の樹木の、真ん中に位置しています。


手を差し伸べると、真ん中の柱から、エネルギー体が昇ってゆきます。

もう光の鳥ではないようで、深淵なる真円が浮かんできました。

はて、これはなんだろう。と、心でつぶやくと、

「あなたを写す鏡です」と、ソメイヨシノさんが答えてくれました。

桜は、人の心を写す鏡です、初めての出会いから、今でもずっと。



千五百年の間、封印されていた日本の奥義は、

どうやら封印を解かれたようです。


神々のものは、神々のものであります。

それが本当の人間の、謙虚さではないでしょうか。




今日、帰り間際に山桜さんが、和歌を詠んでくださいました。

「袖引て 天飛ぶ鳥の 七色の」


やはり、山桜さんは上の句である、神の句を詠まれました。

私には、すぐに返歌が浮かびました。

「光の衣 神は着にけり」


「袖引て 天飛ぶ鳥の 七色の 光の衣 神は着にけり」

(そでひきてあまとぶとりのなないろのひかりのころもかみはきにけり)


古代日本の女性が宮廷で着た「十二単(じゅうにひとえ)」は、

鳳凰を意味したようです。

高貴なものが、褒美に織物や衣を与えた風習も、

日本の奥義を形にしたのでしょう。


しかしそれらはすべて、神の世界の模倣に過ぎなかったのです。


本当に大切なことは、人間は慎ましく、でも喜びに満ちて自由に、

神々樹木や鳥の声を聞いて、生きることなのでしょう。 


みつ花
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by kotorihua | 2012-09-28 19:00
鳩(ハト)の名に込められた感情の領域
人は、何か自分の思うようにならないことがあるときに、

どうしても、必ず、例外なく「そんなこととは思わなかった。」と、

不満や、気分を害した感情を、誰もが持つと思います。


それは、どうしても私たちが、「人間」であるゆえんです。


しかし、その時に人は、自分の魂の一部である、鳩を、

泥にまみれさせてしまっている状態なのです。


その時に、そのもっとも克服の難しいたぐいの感情を、

体現してくださるのが、「土鳩(ドバト)」さんなのです。



ドバトは別名「瓦鳩(カワラバト)」とも言いますが、

ドバトが体現した感情が清められたときに、

彼らは、屋根の上に止まる鳥となります。

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(椋の木に止まるカワラバトさん)


白い鳩、カワラバト(ドバト)、ヤマバト(キジバト)、カラス、アオサギ、

彼らは融合し、鳳凰の一部を形成する、高貴な鳥たちなのです。


どんなに、不本意であっても、決して相手を悪く思わないようにする。

ずっと変わらず、いつも、いかなるときにも、普通に接する。


そして、もし万が一、感情が動いて、相手にぶつけてしまったときには、

もう一度、必ず相手に謝ってください。

それが、この地上で、受肉しているこの三次元での、

深い学びと癒しとなるのです。


泥にまみれたドバトさんを、そっと抱きしめる。

すると彼らは、キジバトになります。

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キジバトは、「けっして来ることがない鳩」という意味を暗に込めて、

この千年来、そう呼ばれていました。


本来は、天国や、楽園に、アセンションするために、

「彼らが自分のもとにやってくること」が「重要な山場」であるがゆえに、

「山鳩(やまばと)」という、神の名である「山」に匹敵する名を持った

幸運の鳥なのです。


「自分は決して悪くない(と思い込んでいる)のに、

気分を害し、不服をぶつけてしまった相手に謝ることができるかどうか。」


決して感情的になることなく、大切なものを守れるかどうか。


それが、人間ではなく、神々の大自然に迎え入れられるために、

本当に大切になってくる、心の素養なのです。



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小鳥さんたちは、いつも身近にいて、心の持ち方、振る舞い方、

それらの本当に天の心に適う境地を、身をもって教えてくださるのです。


彼ら自然界に住む小鳥さんや樹木さんは、

人に文句を言うでもなく、境遇に不満を述べるわけでもないのは、

彼らが、天に住まう「神」だからなのです。


みつ花
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by kotorihua | 2012-09-28 12:24 | 知性への扉
森の中の栴檀(センダン)の木
森へ行くと、様々な植物が実りを迎えていました。

こちらは、山椒の実。
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秋の草花も、とても奇麗です。
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複眼の中の瞳の焦点が、時々こちらを見ているアキアカネさん。
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生き物や、植物さんの写真を写すときには、

必ず写してよいかどうかをお伺いします。

常に賢者に接するように、心からの礼をつくすことが大切です。


本当の礼節とは、人間に対して行うものではないのです。

古代は、自然界の神々に対して行う礼儀こそ、真の礼節でした。

人間にたいしては、目上の人であっても、普通に接する気持ちが大切です。

人間に対して儒教的な礼節を持って接すると、

その人の魂を、低く貶(おとし)めてしまうでしょう。


そして、真の礼節を、自然界に向けるとき、

人の魂は、はじめて成長するようになります。

自然界には、驕(おご)りや、高ぶりという邪念がないからです。



こちらは栴檀(センダン)の実です。
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栴檀の木が、花を咲かせた六月の初め頃、

花のもとにて、自然界からメッセージをいただきました。


★★★
清らかな香り、あふちの木、古えは、

「あふひの木」と呼ばれる。


(花の)香り芳しくなる頃、天地は婚姻す。

生まれしは日の光。

ゆえに、「あふ日の木」と呼ばれる所以なり。


その香りは、穢れを祓い、美しさを増す秘薬なり。

そのもとに座りて、大地に口づけよ。

さすればよい日を授かる。

☆☆☆

思えば春の日にも、私たち家族でここへ来て、

大自然と樹木さんに礼を尽くしたのでした。


森では、ここが高砂(たかさご)であると、伝えられたのもこの日でした。


森にも、自然界の生き物たちが大切にしている、

聖なる特別な場所があります。


はじめて、この木を知った、数年前の秋の日、

やはりたくさんの栴檀の実が黄金に輝いていて、

栴檀の実を食べる、森のすべての小鳥たちが交代で見守っていました。


私が、何も知らないまま、樹木に無断で近づいたとき、

キジバトさんが目の前で羽ばたいて、この木を守っていました。


それから数年経って、この春、私たち家族も、

この栴檀(センダン)の木の、聖なる場所で、大自然との婚姻をしたのです。


古い古い、秘密。


みつ花
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by kotorihua | 2012-09-27 16:49
豊穣
実りのとき、人間が雑草と呼ぶものも、決して無駄に存在するのではない。

それは神々である、小鳥さんたちが召し上がる豊穣の実りである。


この空地の植物は、土が良いからか、小鳥さんも植物を召しあがる。

決して、どの土地の草でも食べるというわけではない。
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スズメさんが止まっているのは、キク科のヒメムカシヨモギ属。

揺れる風を利用して、口元に来るメヒシバをついばもうとしている。

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今日の豊穣の実りは、黄金色に実った、イネ科のメヒシバ(雌日芝)。
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どうか、庭の雑草を自然界に断りもなく、引き抜いてしまったりしないで、

そのままにしておいてください。

実りを楽しみにしている、頼みにしている生き物たちが、たくさんいます。


柔らかな草は、冬になれば自然に枯れてゆきます。

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みつ花
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by kotorihua | 2012-09-27 16:24 | 小鳥の暮らし
光になった昆虫の魂
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これは、まだブルーベリーが花をつけていた5月頃の写真です。

写真上の葉っぱの上に、偶然に写りこんでいる昆虫は、

名を、ツマグロオオヨコバイさんという、

ヨコバイ科の生き物です。


実は、彼は、私がはじめて友達になった昆虫さんなのです。

この頃は、みずみずしい植物の樹液をたくさん飲んで、

とてもふっくらとしていました。


この頃、小鳥さんたちはみな子育てなどで忙しく、庭に姿を見せない日が、

多くなったのですが、その時にこの昆虫さんが、ふわりと目の前を飛んで、

私を、優しくなぐさめてくれていました。


この写真は、一生懸命ブルーベリーの花の撮影をしていたときに、

いつの間にか止まっていたようで、写真に写っていることに、

後から気がついて、本当に嬉しくなった、記念の一枚でした。


偶然に写っただけだろう、と思う人がいたら、それは違います。

本当に彼は、私がふと一人で物思いにふけりそうになると、

必ず、まるでそのような時に小鳥さんたちが飛んでくるかのように、

意識を持って、私に優しく接してくれていたのです。


私は、庭に住む彼のことを、ゲンジホタルさんと、ずっと呼んでいました。


昨日の朝、部屋の中に、ゲンジボタルさんが入って来ました。
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今までゲンジボタルさんは、一度も部屋の中に入ったことがなかったので、

本当にびっくりしました。はじめは、外があまりにも寒かったので、

部屋の中に入って来たのかと思いました。


このような部屋の中では、食べ物がないので、

窓や網戸を開けてあげたのですが、一向に外へ出る気配がありません。


外で小鳥さんがさえずり、彼は話をしたいのだということを、

教えてくださいました。


不思議なのですが、その時外に小さな光がきらりと光って、

上空に打ちあがりました。


一枚だけゲンジボタルさんの写真を撮ると、

小鳥さんが急いで聞いてあげて、と激しくうながすので、

私はゲンジボタルさんに心を合わせて、目を閉じました。

★★★
みつ花、いつもどうもありがとう。


僕たち昆虫は、冬の神様が来ると、

風に乗って、天へ帰ります。

また、土や、自らの殻の中で、眠るものもいます。


でも、今年僕たちは光になることができました。

嬉しくて伝えに来ました。

☆☆☆

閉じた目を開けると、そこにゲンジボタルさんの姿は、

もうありませんでした。


私が直前に見た光は、ゲンジボタルさんの、魂だったようです。

彼は、挨拶に来てくださったのでした。

彼は、心が満ちて、アセンションしてしまったようです。


生き物たちの心が満ちるとき、別の次元へと向かうと、

以前、自然界の宿す書物の中で「予言の書」があると、

教えていただいたときのことを思い出しました。


本当に、そのようなことがあるのだと、実感した不思議な日でした。


この日の朝(9月25日)は、ムクドリさんが、

冬の到来を知らせてくれた、季節の変わり目でした。
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前夜の冷たい雨で、羽がぬれたまま、乾いていない状態でも、

ムクドリさんは、季節を知らせに来てくださいました。

★★★
みつ花、話してもいいですか。


今日は冬の始まりの日です。

冬の神様がやって来ました。

(冬の到来は、暦通りではないけれど)でも、心配いらないよ。

☆☆☆

そう教えてくださったのでした。


みつ花
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by kotorihua | 2012-09-26 07:57
カメラをもって再び♪
今朝の、ヒヨドリさんです。

我が家のブルーベリーを食べに来ました。
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先日、自然界の神様から、またカメラで小鳥さんや自然界を、

写してもよいと、許可していただくことができました♪

★★★
みつ花、話してもいいですか。


ちょうど季節もよくなりました。また写真を撮りに来てください。

みんな楽しみにしています。

森にも、カメラを持ってきてもいいですよ。

御主人も一緒にね。

☆☆☆

さっそくヒヨドリさんが、窓辺の鳥居(止まり木)に来てくださいました。

私を呼んでから、ちょんちょんと鳥居の端まで歩いてゆき、

写真を撮るようにと、伝えてくださったところです。
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どのブルベリーを食べて良いかを、吟味しているところ。
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自然界の実りのすべての粒を、自然界の神様は数えていて、

収穫のときには、一つ一つ丁寧に教えてくださいます。

私たち家族も、この枝から数粒程いただいたのですが、

どの粒を摘むのかということも、適切に教えてくださいました。

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雨が降った後の、雨のしずくの多くついた枝には、

このように止まることはほとんどありません。

しなる枝に止まると、しずくを全部かぶってしまうからでしょうか。


いつもは狙いを定めて飛び立つと、羽ばたきながら、

実をくわえて飛び去ります。

今日は、写真撮影のための、特別なポーズをしてくださいました。


小鳥さんたちは熟して甘くなった実を、

日に数粒ずつ、大切についばみます。
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みつ花
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by kotorihua | 2012-09-25 19:19 | 小鳥の暮らし
けや木さんの伝えてくださったこと
いつも常に問いかけをし、答えをくださるけや木さんですが、

こうしてメッセージを載せるのは、初めてのことです。
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★★★
みつ花、話してもいいですか。


巧妙にかけられる罠を見抜く目、それは、

人間に備わっているものではなく、

神によって与えられるものである。


夫婦が、そして大自然の神々が、ともに力を合わせるとき、

その目は授けられ、真実を見る。

それまで人は、蛇の目(じゃのめ)、猪目(いのめ)、

雨戸(あまど)、岩戸(いわと)、様々な目隠しによって、

真実ではないものを、真実と思い込んでいる。


それは、何をおいても、自分自身の心に浮かぶ恐怖心によって、

起るものである。


神の扉を開く、それは容易ではないことである。

それは、神の働きかけがなければ、

扉があっても見えず、知ることもできない。


人は不完全であるがゆえに、多くのものと協力し、

和してゆく術(すべ)を与えられた。

それができる深い知恵は、やはり自分自身の、

神を求める心によってなされるのである。


以上です。

☆☆☆


追記

ひとつ前に載せた記事の、楠木さんとは、街を隔ててはいますが、

古くからの友人であると教えてくださいました。

けや木さんも、本当に喜んでくださって、

涙ぐんでいらっしゃいました。


(メッセージの内容は、昨日のもので、楠木さんと同じ日にいただきました。

けや木さんの記事もアップしたことを、とても喜んでくださって、

後から、写真を撮らせてくださいました。)


みつ花
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by kotorihua | 2012-09-25 10:59 | 知性への扉



古えの奥義・天の鳥船と伝説の小鳥たち