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サカキ(榊)とヒサカキ(姫榊)
榊も、姫榊も、どちらも人と天をつなぐ働きをする樹木である。

天へ向かう木なので、人は昔から、その木に祈りを乗せて神に届けた。


樹木は、特に常緑樹は、草花とは違って、

魂の永遠性の象徴として、優れた心の形態を反映する存在である。


榊も、姫榊も、両者は同じように尊い存在でありながら、

おのおのが、違った個性と特性を持って存在している。


こちらは榊、姫榊と区別して、真榊(マサカキ)とも呼ばれている。
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心に、言葉として語ることのできる榊は、人の心の祈りを、

天へ届ける伝達者として、神事の上で、

神に捧げる玉串とされてきた歴史がある。


榊は初夏に、白く可憐な小さな花をつける。

その香りは人間にとっても、地上に暮らす小鳥や昆虫、

そして目には見えない精霊たちにとっても、好ましいものであり、

花も実も多くの鳥たち、天使たちの好むものである。


すがすがしい香りは、邪気を払い、心を清め、人を清浄にしてくれる。

また、食べ物の少ない冬の日は、天使たち小鳥の貴重な食べ物となり、

彼らが、榊に宿ることで、神事は冬であっても、間違いなく

天に届いているのだということを、再認識したい。



こちらは姫榊(ヒサカキ)。
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姫榊は、その自分のつける花のつぼみと、まったく同じ、

白い真珠のような丸い玉の本質を持つ。


その本質が、人の本質と共鳴しあい、姫榊は、言葉無しに、

森の神々や天使たちへの発信受信装置となる。


アンテナのような姫榊は、異次元空間につながった神棚で、

家の中であっても、天へ直接、人の祈りを届ける。



桜の花の咲くころ、姫榊は、白く小さな花を咲かせる。

この花の香りは、人間であれば、少し敬遠しがちな、むせるような、

鼻にくぐもったような、特異な香りを放つ。


ところが、人が精神的な成長を遂げ、神や自然界の存在を、

かすかに感じることができるようになると、

この花の香りが、芳香となって、甘く香る。


その香りの美しさを表現するすべが、この世界の言葉にはない。

ある日この花の、花の香りが、わかる日が突然やってくる。

だから、本当は秘密の榊、「秘榊(ヒサカキ)」なのだと私は思うのだが。


このヒサカキの花にも、実にも、小鳥たち天使がたくさんやってくる。



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-01-30 17:01 | 古今伝授
ドバト(別名カワラバト)の飛翔
久しぶりに天気のいい朝、

カメラを持った私を、遠くから見つけたドバトが、

青い空を背景に、集団で飛翔した。


出先であった私は、荷物を持ったまま片手で撮影した。

だから、その時撮ったものは載せられるものがほとんど無かった。


彼らは、曇りの日に撮った飛翔の写真を、

差し替えてほしいのかもしれないと思った。


私は荷物を置いて、再び、

カメラを持って、彼らを写すのに、最高の場所へと出かけて行った。

でも、彼らが、飛んでくれるかどうかわからない。


でも、彼らは、ちゃんと飛んでくれた。
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何度も周囲を旋回してくれて、

また、頭上を低空で何度も飛んでくれたりもした。
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心は伝わっている。
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総勢30羽のドバトが集まって空を飛んでくれた。


彼らは知性を持っている。

人間だけが、彼らの言葉を解さない。

彼ら小鳥たちは、人間は話をしない生き物だと思っていた。


でも、きっといつか人間も言葉を話す。

彼らと同じ世界を、本当に共有した時に…。


飛翔に参加してくれた、勇者たち。
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雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-01-30 14:44 | 身近な小鳥たち
ハレの日
小鳥と友達になってから、

間もなくのことだったでしょうか…

様々な種類の小鳥の仲間たちを紹介された私は、

小鳥たちに連れられて、いつものように森へ行った。


森の中で小鳥たちが、それぞれに美しい声でさえずる。


その彼らのさえずる次元の高い周波数によって、

私の魂も、次元転換をされてゆくのを感じる。


皆の美しいさざ波のようなさえずりが、いつものように済むと、

その日は、一羽の美しいカラスが森の中から飛んできて、

私のすぐそばの木の、小路に水平に張り出した枝にとまった。


素朴な鳥居となったミズキの枝に、静かに止まったカラスが、

森全体に向かって、優しく寿(ことほ)ぐようにさえずる。


すると一斉に、森の木々の樹木の葉から細やかな水分が霧となって、

淡くあたりに立ち込めて、優しく森を包み込んだ。


カラスにうながされて、その霧の幕の内側へ歩むと、


やわらかな霧の中に、陽の光が差し込んで、木漏れ日となり、

光の筋によって、森の木々、一本一本に、大いなる知性と意識が降臨し、

彼らの穏やかな優しさで満ちたその空間のなかで、私は、

彼らが生きてここにたたずんでいることを、はっきりと感じることができた。


穏やかな陽の光とともに、

源の神々が森に直接降臨する特別な日・・・


昔の人は、その日のことを「ハレの日」と言った。



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-01-29 19:52 | 古今伝授
ナンテン(南天)の実とヒヨドリ
人は大いなる昔、神々の懐(大自然)に住んでいたとき、

神々である樹木を切り倒して家にすることはなかった。


山の岩穴や、洞窟に住んだり、

岩山や丘などに、小さな洞窟をくりぬいて、そこに住んだ。


しかし、ずっと後の時代になって、人々は、

神々と、その時に交わした古い約束のもとに、

木を生活で活用させていただくこととなった。


それ故に、人もまた、神である大自然へのお礼と感謝を忘れなかった。

それは、自らの心高めて、真実の世界で、よき存在となることである。

そのことによって、自然界にも人間にも豊かな相乗効果が生まれた。


そして現代

その頃の古い時代の約束を、すっかりと忘れて、

自分勝手にふるまう人間の姿がある。


歴史的な理由から、日本人は、大自然との約束を忘れてしまうことに

なってしまったけれど、文化や風習の中には、

しっかりとその叡智が伝えられていて、

人々は自宅に縁起のいい木を植えることを、親から子へ、孫へと、

長い年月に渡って継承してきた。


縁起のいい木とは、人間の心と魂の成長を助けるために、

人間にとって味方となり、叡智を授けたり、

大自然の神々との調和や、仲立ちをしたりと、

常に、真実の世界への帰還を助けるために、活躍してくれている。



こちらは南天の実をついばむヒヨドリ。
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ヒヨドリは、縁起のいい木を、ただ植えればいいというのではなくて、

花咲き、実るものは、鳥たちが食べて初めて、

天と人とをつなぐ懸け橋となると、そう教えてくれた。
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つげの木、一位の木、松の木、千両、万両、梅、桜、

竹林、和棕櫚、柿、椿、山茶花、寒椿、ユズリハ…


それら「縁起の良い木」を植えるとき、

自分たちの楽しみのためではなく、

大自然の循環を通して、天使たちが召し上がることで、

我々人間にも巡り巡って、やがて何らかの確かな恩恵が

自分の元にやってくるのだという、

樹木一本一本が、小鳥一羽一羽が宿す、存在の意義の、

「本当の縁起」を、知りたいとは思わないだろうか…。



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-01-29 14:26 | 小鳥と樹木
スズメ
道路から、建物の屋根にいるスズメを写す。
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スズメの写真を使わせてほしいと思っています。と、

心の中でつぶやくと、突然彼は飛翔して、

向かいの民家の植え込みに止まった。
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その時、偶然写した、スズメの飛翔である。
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彼らは人間のそばで長い間ともに生きてきた。

人間の暮らしと心を、人間以上に深く洞察している。

その洞察力からくる眼力は、

鷹にも決して引けを取らないのではないか、とさえ思えてしまう。。。

が、しかし、この瞳はとても優しい。
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すぐに仲間が集まってきて、写真を撮らせてくれた。
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雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-01-28 18:49 | 身近な小鳥たち
ロウバイ(蝋梅)の花が咲く
住宅街の庭先で、ロウバイの花が咲いていた。
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写真を撮っていると、さわやかな香りに包まれる。
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自然界で食べ物が非常に少ない年は、

ロウバイや桜の花までも、小鳥は少しずつ、ついばむことがある。

今年は、まだそのようなことがないようで、安心している。


ただ、時には、食べ物が豊富にある年も、

小鳥たちがロウバイの花に集まって、

皆で少しずつ、ついばんでいるときがある。


いつも特定のロウバイの木にだけ、食べにくるので、

もしかしたら、すごくおいしいとか、

これが食べられることを忘れ無いようにとか、

きっと、深い理由があるのだろう。。



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-01-28 13:34 | 小鳥と樹木
太陽の力
山の神を、山の神であらしめているもの、

それは、「太陽」である。


太陽が光となって降りそそぎ、次元転換されることによって、

山は、大自然は、「神」となる。


現実に存在する惑星「太陽」も、

真実の世界に存在する「命の源の光」も、

両者は、共有した共時性の元に、深いつながりを持っている。


日本の素朴な形態から始まる信仰は、

そして、世界中の素朴な民族の信仰の多くは、

その源泉は、「太陽信仰」であるといえる。


月を愛でることもまた、

大きな意味での「太陽信仰」である。


月には、太陽の陰(ひかり)が当たると同時に、

地球の影(かげ)が映る。


その、ひかりと影があるから、

人も生命も進化する。


宇宙の器は、その進化の設計図の、

遥か遠い未来までも持っている。


人間の知らない、科学的な設計図をもって、宇宙は存在し、

その偉大な叡智は、いつも、その素朴さの中に、紐解かれる。


大自然の神々は、今、人間が自然界と切り離されて、

長い迷妄の時代に入った時から、片腕を失っている状態である。


神々は、あらゆる物質をどう使ったらよいのか、

そして、どのように人々や生命を、宇宙を、

よき方向へと導いたらよいのか、というすでにある叡智を、

現実の世界に反映し、その物質を、実際に形にすることができる、

人間の器用な手を求めているように思う。


本来は、宇宙の、地球の神々の、右腕であるはずの人間は、

自分のあり方の、大きな可能性を、

もっと、大いなる目線で、感じ取れるようになることが、

神々の望む、大人の人間に至る道ではないかと。。。

そのように思う。



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-01-28 11:20 | 古今伝授
大自然の大いなる神、山の神
山の神の「力」は、地球そのものの力である。

その地球の力は、自然界である山によって吹き出し、

毎年春になると、山のみなぎる力は、地上の樹木や草花に行き渡る。


そして、樹木や草花は、地上のあらゆる生き物に、

山の神からいただいた力を与えて、彼らを養う。


それぞれの国に、それぞれの民族に、それらは象徴のように、

民族の山が与えられ、民族の樹木が与えられていて、

真実の場と、現実の世界をつなぐ、懸け橋となっている。



どの山も同じように尊く、どの樹木も同じように尊い。

しかしその中でも特に、自然界と切り離されてしまった人間を、

また、再び自然界の真実の場に呼び戻そうと、

あえて、人間の世界に強く働きかけてくれている山や、樹木がある。


それらが、長い歴史の中で、信仰となっていった。



どの民族の、どの神々も、

すべての存在が、複雑な遺伝子の設計図の、一部である。

そして、その一部は、すべてが全体とつながっていて、

大いなるものである、真実の場から、

切り離されて存在するものは一つもない。


目に見えるもの、見えないもの、良い働きをするもの、

厳しく導くもの、どこまでも深く優しいもの、そのすべてがある。


そして、遺伝子の完全性を目指して、良くないものも、

良きものに転換されて、全体の一部となる時を待っている。


だからこそ、「人間」もまた、大自然から、

忍耐強く、待っていていただいているだと思う。


「真実の場」である大自然の、神々の世界へ、

「生きたまま」帰ってくる日のことを。



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-01-28 10:47 | 古今伝授
キセキレイとツグミ
こちらはキセキレイ(黄鶺鴒)。
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キセキレイ(黄鶺鴒)は、ハクセキレイ(白鶺鴒)と違って、

水辺で過ごすことが多い鳥だそうですが、

今年の冬初めて、公園で餌をついばむ姿を見るようになった。
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餌を探し歩いているときや、人が来たので公園の隅に行くとき、など、

ツグミと一緒に行動している。


こちらはキセキレイと一緒に行動するツグミ。

この公園では、私が知る限り、3年目の常連さん。
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まだ雪の残る公園は、すがすがしさを感じさせてくれる。

元気に餌をついばむツグミの姿は、

幸せそうに見える。



こちらは、木立のツグミ。別の日に写したもの。
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カメラを向けても逃げない。

木立では、ツグミが二羽でいるところを見かけた。
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もしかしたら今の時期であれば、幼鳥と、母鳥なのかもしれません。



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-01-27 17:56 | 身近な小鳥たち
天衣無縫
人は真実の世界で、神様から与えられた服を着ている。

赤い服、黒い服、白い服、青い服、

グレーやピンク、

赤と白、黒と白、赤と金、黒と金。


それぞれの服は、自分の心の状態や、

おちいっている無明や、状況に応じて、状態や形状が変化する。


その、自分の着せられた衣を見ると、

自分が、今、何を間違えてしまっているのか、心のゆがみからくる

遺伝子のゆがみが、分かるようになっている。


買う必要のない物を

まだ、時ではないのに、自分のこだわりで買ってしまったり、

お互いのわがままから、夫婦で言い争いをしたりすると、

真実の世界で、丸裸にされてしまったりする。


そして、世間の人も、私も、現代では当たり前と思っている、

その間違いを、心から反省させられることとなる。


天衣は、無縫である。

そして、すべて完璧な素材で作られている。

綿、羊毛、

絹の着物、

レース編みの純白のドレス

ゆかた、打掛、

タータンチェック

何でもある。

それらは、人間の遺伝子の中にある素材をもって作られる。


美しい衣も、心の美しさから形となった数々の宝石も、

すべてが完璧であり、

現実に存在する良きものよりも、ずっと何倍も優れている。


それらを与えられたり、

時には、はがされたりしながら、私は、

いつの間にか心が良き選択をし、

理性を持ち、慎みのある、良き大人へと成長させられていた。



真実の場の世界で、衣(ころも)による学びが終わるころ、

神は、現実の世界で身にまとうべき服を、夢の中で伝えてくれた。


それは、神が、私が現実の世界のどこにいても、

真実の場の住民であることがわかると同時に、

人の社会の中にいても、まったく違和感なく、人々の中に溶け込み、

私が仕事をするときには、とても似つかわしいものとなる、

質素で素朴で、でも品のある、完璧な服装であった。


一張羅(いっちょうら)


私が着せてもらったこの衣のことを、

街ゆく人々は誰も気にもとめない。


けれど、神の世界からは見える。

だから、どんなに大変な時にも、

常に禍から守られ、物事がスムーズに進み、

幸せになってゆく。



神のご加護を求めてきたけれど、

なかなか人生でそれを得られないでいたが、

やはり、幸せになるためには、

心の訓練が必要なのだと、神は衣を通してそのことを教えてくれた。



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-01-27 08:40 |



古えの奥義・天の鳥船と伝説の小鳥たち