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芭蕉の俳句の真意
「老いの名もありとも知らで四十雀」 (松尾芭蕉)



四十雀(シジュウカラ)は、自分に四十歳という中老の名が、

ついていることも知らないで、暢気なものです。


と、多くの場合がこのように、「知らないでいる人=シジュウカラ」という

図式で鑑賞する人が多いようであるが、

しかし、本当に芭蕉がこの俳句に込めて、伝えたかったことは、

そのような暢気な内容ではない。


「知らなかった人=芭蕉」の俳句である。


芭蕉の時代、彼が学んできた、陰陽理論、中国の文化学問、

それは出世や生きてゆくうえでの常識、知識のすべてであった。


その学んできた根本的な陰陽二元論の理論に、

「老数」がもたらすもう一側面の陰陽理論の存在があるのではないか。


彼が学問で知りえた内容の、二倍や、もしくは二乗に相当する、

知識がそこにあるのかもしれない、ということに、

この年、芭蕉は、49歳になってはじめて気が付いてしまった。。。

という深い内容を盛り込んだ俳句なのである。



学ぶには、もう時間がないという惜しい気持ちと、

それでも自分はその存在に気が付くことができたという、

喜びの気持ちを、表しているのではないだろうか、と思う。


ただ芭蕉の時代背景と、残した作品の中から察するに、

シジュウカラの本当の働きというものの感知までは、

至らなかったようである。

芭蕉は、それを知ることの無いまま、翌年50歳で亡くなっている。


芭蕉は、自分で知ることができた古代の叡智は、

その多くを俳句に込めて残している。


神を垣間見た者たちだけが、その真の意を理解し、味わう。


彼のような真摯な人々が道しるべとなり、

私たち現代人は、常に、その先にある本当の世界を知り、

そこへ至ることができるのではないかと思うのである。


雲雀(うんじゃく)



シジュウカラ(四十雀)の名の真の意味
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by kotorihua | 2002-02-28 14:59 | 古今伝授



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