カテゴリ:不思議な話( 16 )
超能力を持った赤ちゃん♪
6月のはじめごろ、不思議な体験をしました。
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ハンバーガーショップに入ったときのこと、

一つ席を置いた、隣のテーブルに、

小さな赤ちゃんを連れた、家族が座っていました。


お父さんと、お母さん、4歳くらいのお兄ちゃんと、

生まれて数ヶ月ほどの、女の子の赤ちゃんの四人です。


私たちよりも、早くからテーブルについていたので、

お父さんと、お母さんは、小さな赤ちゃんへの離乳食と、

まだ小さなお兄ちゃんへの給仕を、

ちょうど済ませたところでした。


その後、お父さんとお母さんは、急いでハンバーガを食べながら、

子供たちに、優しく声をかけている、

それは、とてもほほえましい光景でした。


そのうちに、私のテーブルと、家族のテーブルの間に、

別のお客さんが腰をかけて隔てられたので、

私たちは、自分のハンバーガーを、

一生懸命、食べていました。


それでも席は近いので、ベビーカーに移された、

赤ちゃんと、隣に座るお母さんの姿だけは、

私の席からよく見えました。


しばらくして、赤ちゃんが、

「アウ、アウ、アウ~~。」と、

いわゆる、赤ちゃん語を話したときに、

私は、驚いてしまいました。


赤ちゃんの言葉と同時に、赤ちゃんの魂の声が聞こえたのです。

それは、いつも、小鳥さんと会話をしている領域と、

同じように思えました。


赤ちゃんは、

「私にもとって♪」と、しっかりとした口調で、

でも非常にかわいらしい声で、

家族の皆さんに語りかけていました。


もちろん、その赤ちゃんの発する魂の言葉は、

ご家族の誰にも聞こえないようで、

しばらくして、赤ちゃんは、

「ふあ~、ふあ~」と、激しく泣き出してしまいました。


私には、その泣き声も、言葉として聞こえました。

「いつも、あの人ばっかりでずるい」と言って、

赤ちゃんは泣いていたのでした。


私は、思わず、家族のテーブルで何が行われているのか、

とても興味を持って、自分のテーブルに身を乗り出して、

家族の様子を伺ってしまいました。


そこでは、4歳のお兄ちゃんが食事を終えて、

そわそわと、腕白をはじめたようでした。


お母さんは、まだ小さなお兄ちゃんを、

公共の場で、静かにさせるためでしょう、

ラムネか、キャンディーのような、カラフルな包み紙にくるまれた、

かわいいお菓子がたくさん入った、クリアーケースを取り出して、

その、魅惑的な、美しいポップな食べ物を、

お兄ちゃんに、与えていたのでした。


だから、はじめは、

赤ちゃんは、「私にもとって♪」と、

嬉しそうに、家族に伝えていたのでした。


そして、それがかなわずに、

「いつも、あの人ばっかり」と、小さなお兄ちゃんのことを、

ずるいと言って泣いていたのでした。



私は、もう、感動してしまいました。

赤ちゃんの魂の言葉を聴けたのは、

初めてのことです。


みつ花
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by kotorihua | 2013-06-19 18:52 | 不思議な話
春分の日のこと
春分の日に向かって、小鳥たちが、人間の魂に巣食う、

様々なタイプの「蟲」を駆除なさっているさなか、

カラスたちは、冥界から現れる無明の悪しき霊たちを、

町から除霊する、大切な役目を司ってくださっていた。
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今年の春分点は、そのような激しい中で迎えられたのであった。
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大切なハレの日である「春分」に、森へと向かう道すがら、

カラスさんたちに挨拶をし、彼らの労をねぎらった。
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普段は、忙しくてなかなか地上で歩いている姿に、

出会うことができないハクセキレイも、

この日にはさりげなく姿を現してくださる。
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特別なハレの日というのは、この辺りに住むほとんどの種類の小鳥たちが、

行く先々で、姿を現してくれるものである。


ハレの日の彼らには、大自然の神々が特に降臨し、宿っているのである。

こちらはムクドリである。彼らのいつものとは違った振る舞いが、

その時はただ何となく気になって、写真に収めるが、
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鉄の橋を注意深くわたっていることにも、実に深い含蓄があったりすることが、

今になってわかる。
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天を仰ぎみる。
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こちら側では、つがいのもう片方の鳥が、見守っている。
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再び二羽が寄り添って歩いてゆく。
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鉄は、真実の世界では人間の無明が生み出す、血のかたまりであり、

それは不自由なとらわれの精神状態を表す。


その鉄が、健康を得て、流動性のある液体の血液となり、

さらに自由を得て、血液から本質の「金の光」が分離される。


この時の精神状態が、生きながら楽園に存在してる、

心と精神にとって、自然と一体となった、非常に幸せな状態となる。


森の入り口で待ってくださっていた、森のカラス。
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凛々しい姿で迎えてくださる。
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森は、たくさんの若葉が芽を出そうとして輝いていた。
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雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-04-13 18:36 | 不思議な話
ヤマブキの生む光
桜を見た帰りに、ヤマブキが咲き始めていたので、

何気なく写真を一枚撮りましたら、光の玉がいくつか写っていました。
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こちらは、画面右の玉を拡大したもの。
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こちらは、画面左の玉を拡大したもの。
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そしてこちらは、花びらの先端から、虹色の時空の扉が、

今まさに生まれる瞬間のようにも見えます。
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大自然の神々は、こうして奇跡をたくさん見せてくださっている。。。

幽玄の世界で見たものを、実際に写真という形で、

よくわかるように見せてくださっているのかもしれません。



また、ヤマブキにだけ写っていると思っていた、

虹色の時空の扉が、桜の花びらにも見えたことがわかりました。
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時空の扉、これらが「時のふね」と神々が呼ぶものであるとしたら、

それらは季節とともに成長するものなのでしょうか。。。


この中に、神様は宿られているのでしょうか。。。

大日如来の図なども、虹色の輪が描かれていますし。

西洋画にも、虹の輪の向こうに天国の図が描かれていますよね。





山吹色は、太陽の色。古代「山」を「神」と同一に表現する

習慣があったことを考えると、「神の息吹」のような崇高な名となる。

精霊の領域で、ヤマブキの真(しん)の名を問うと、

なんと「エッサイ」と答えます。


エッサイは、梅の木(柘・つみ)のもう一つの名であるのですが、

ヤマブキもまた、「エッサイ」というそうです。

ヤマブキの、もう一つの名は、「日輪(にちりん)」というそうです。


「高木の花」のエッサイと、「低木の花」のエッサイがあるのでしょうか。

梅も、ヤマブキも、樹木の形状こそ違いますが、

同じバラ科なので、バラ科には、

魂に関する深い作用がきっとあるのでしょう。


「高木」と呼ばれる、背の高い木は、神々の力を、

天空から降りそそがせます。舞降る、天降る、という力です。


「低木」と呼ばれる、背の低い木は、天降る大自然の力を、

大地が受け取って、再び大地から湧きいずる力となります。


ヤマブキや、クチナシ、その太陽の光を秘めた植物の力は、

命を黄金に染める力があります。


植物が生み出す、光の玉は、桜からヤマブキへと受け継がれ、

春の中を旅をしてゆくのでしょう。



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-04-06 01:13 | 不思議な話
神様が見せてくださった奇跡
昨日、山桜を訪ねたときに、

久しぶりに、ただ何となく二枚ほど写真を撮った。
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今朝になって、写真の整理をしていると、

中央付近に、「光の玉」が写っているのに気が付いて、

ちょっと驚いてしまった。。
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どう見ても、桜のつぼみから、離脱し浮遊するように、

「光の玉」が、生み出されているように見えるのである。


命の萌えいずる力、頑張って生きる力は、

人間の常識の及ばない世界に大きく影響と作用を及ぼしている、

証しではないだろうか。


いつもであれば、瞳の中のビジョンや、

夢の中の世界でしか垣間見ることのできない、

神々や精霊、天使たちのとる一つの姿である「光の玉」が、

こうして写真に写ってくださった。


大自然の神々は、奇跡はいつでも起るものであると、

常に人を温かく励まし、こうして希望をくださるように思う。


命は、物質だけでなく、光を生みだすものである。

光には、知性と情報が宿っている。

それらは大自然が守っている、真実の場の世界につながっていて、

神々は現代でさえも、こうして行き来をしているのである。

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雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-03-30 18:28 | 不思議な話
旅をして感じること
自分の生まれた地区の遺跡を歩く、

千数百年前程の時代といわれている、その遺跡は、

確かにそこは、先祖の眠っていた土地であると、

精霊が教えてくださる。


同時代の遺跡では、住まいである県外を離れれば、

どんどん血縁から希薄になってゆく。



しかし、不思議なことに、一万年前から二万年前の、

旧石器時代の遺跡の前に立つと、かなり広範囲にわたって、

先祖の眠っていた土地であると、精霊は語る。


また、古墳と呼ばれている遺跡の中には、

2万年前の時代から作られているものもあるそうである。


そのようなものになると、人間の認識する歴史は、

かなり不確かなものとなってくる。


ピラミッドのことを、125万年前に作られたと精霊は言う。

それと同時代に作られたと精霊が語る、

岩をうがって作られた遺跡は、日本のみなならず、

どこのものも先祖の暮らした土地であると、教えられ、

その範囲は、地球上の全域に及んでくるのである。


遠い時代に私たちの先祖たちは、今の時代の日本人と同じように、

世界中を歩き、足跡を残してきた。


また、日本の遺跡の中にも、多くの諸外国人たちが、

今でも眠っている。


すべては大いなる叡智を学ぶために日本にやって来た人々がいて、

また、世界中に見聞を広めるために、日本人は神々の指示によって、

諸外国を旅している。


それは今とまったく同じであり、旅をし学びたいという思いは、

神々が、人々にそうさせているのであるという。


私たち人間は、皆同じ仲間である。

ただ、神がなんであるかということを、

忘れてしまっているだけである。


遥かなる遠い時代の遺伝子を目覚めさせることができたなら、

武器など作ったことなど無かった時代の、

優しい古代の人々の姿を、自分の内側に発見するだろう。


みなさんは知っているだろうか、

千数百年前でさえ、日本人の使う言葉は、

今とほとんど変わりがないことを。


漢字もあり、音読みも訓読みもあり、

湯桶読みもあり、尊敬語も、敬語も、謙譲語もある。

今とまったく同じように使われる言葉が、数多く

存在していたということを。


平安時代に生まれ使われていたという、

ごく一部の古語は、もともとは諸外国のことばであり、

現在の日本語にほぼ近い古代日本語に、

静かに吸収されていってしまったことも。



私たちはただ、本当に深いところから、

私たちであるだけで、何も心配することなく、

本来の私たちに戻ってゆくのだということを。。。



大自然は、八千年にわたって、人類を浄化し癒し続けてきたという。


生命遺伝子の代数幾何のかけ合わせで、

残された遺伝子の中から、失われた遺伝子を生成させるために、

人々を結びつけ、恋をさせ、旅をして、

神々にとって、良い存在であることのできる人々を、

長い時間をかけてこの地球上に培って来たのである。



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-03-28 12:57 | 不思議な話
飛翔のための浄化
「飛べるようになれ」と、ヒヨドリがいつになく厳しい表情をなさってから、

いや、それ以前からずっと、小鳥たちは、私の身の回りで、

人間の魂の浄化のために、活発に働いてくれていた。


シジュウカラが公園で待ち伏せをなさって。。。
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石に足をかけて、容赦はしないよ。という風貌である。
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虫を駆除するシジュウカラ。
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爬虫類を退治するムクドリ。
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猫に憑依した邪霊を追い出しているカラス。
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地域の大気を浄化するドバト。
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そして、この地上に落ちてなお、椿の花となって美しく咲いている、

たくさんの人々の魂たちを、花が落ちる前に、花を食べることによって、

天空へ頭が出るようにと、ヒヨドリがなさってくださった行為。
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この時の本当に嬉しそうなお顔は、忘れることができない。



そして浄化の過程が、天空に漂う雲によって描かれる神秘。。。
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神々である樹木は、雨を心から尊敬しているが、

雨は雲によってもたらされることを考えると、

この雲がかたどる形もまた、神々によってもたらされた、

明確な表意のもとに行われた行為なのであろうと思う。


この地上で、私たちと切り離されて存在するものは何一つなく、

知性なく存在しているものは、この地上にはないのである、という

大切なことに気が付かされるのである。



雲が形どったものは勝利の女神ニケを表している。

何が勝利なのかと言えば、魂の清めのために、冥界から天界へと、

人間の魂が失っていた「神を見るための頭(あたま)」を、

人間にもたらすために、天使たちが戦ったということの

勝利を表している。


女神ニケの頭に、少年エンジェルがキスすると、頭が生えてくる。


遠い外国の神話も、日本における自然界の神々がなさることも、

実は、そこには何の違いもない。


西洋文明の伝える天使の翼も、日本の神話が語り継ぐ天女の羽衣も、

まったく同じものであり、それは世界中の文明の中にある信仰や、

素朴な民族が伝える信仰と、違いはないのである。


西洋の絵画であれば、そこに必ず象徴やシンボルとして、

何らかの鳥、多くは「白いハト」が、必ず描かれているが、

それは決してシンボルなのではなくて、

天使の現実での姿がそのまま、そこに描かれているわけである。


それは、やはり真理をしっかりとわかっていた人々が描いた、

西洋人特有のウィットなのであろう。。。


どんなに遠い外国に真理と叡智を求めても、

本当の救いをもたらすもの、成長をもたらすものというのは、

それらは常に、自分の住まい近くに、分け隔てなく存在してくださっている、

野生の小鳥たちであったりするのである。。。



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-03-20 18:06 | 不思議な話
啓蟄から春分へ
季節には、表面に見える季節の変化のほかに、

魂の内部に与えている、大いなる働きがある。


自然界は、啓蟄から春分までの、この季節の強い力を使って、

神様は人間の魂に巣食う、想念から生まれた迷妄を、

彼ら小鳥を通して除去してくださっているのではないかと思うことが、

たびたびあった。


はじめは、とても優しい、いつものシジュウカラであるが、

とてもまじめになって、遺伝子に巣食う虫を捕るという。
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じっと、私の魂を見つめている。


自然界と一体になるということは、今までの人間がおちいっていた、

迷妄である蟲を、外へ追い出すということである。


一つ一つ追い出すたびに、その追い出したものと同じ姿を、

現実の世界でいったん垣間見る。


例えば、自分の中から欲張りな性格をなくしたら、

欲張りな人が買い物をしている姿を街で見かけることとなる。

そして、いかに自分が迷妄にはまっていたのかを、恥ずかしいほど、

思い知らされる。。。というような具合に。


人は悪習慣を卒業すると同時に、

今までのその影を教えられるものである。

そうすれば、二度と、その迷妄におちいることはない。


小鳥たちは、現実の虫を食べるという行為を通して、

人間の遺伝子に巣食ってしまった悪しき想念の姿である蟲を除去する。


私が、どんなに難しくとも、絶対に良きものに変わりたい。と、

決心して、努力していると、人間にはどんなに頑張っても、決してできない、

遺伝子から引き起こされる迷妄の転換を、彼らは助けてくださるのである。
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彼らが行ってくれた魂の浄化は、やがて自然界を巡って、

良きものへと転換されて、秋、もしくは来年、大いに実り、

自然界や神々の世界を潤してゆくのだろうと思う。


些細な行動が、実は、大きな現実を変える力となる。


小さき命である、小鳥の振る舞いが、

大いなる生命の遺伝子の誤った配列を、正しい方向へと変換する。
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シジュウカラが、これですべて除去が終わったと、

こちらを向いてくれたところである。


現実の何かを変えると、大いなる魂を変えることができる。

私たち一人一人の人間にできることもまた、

実は、大きいのではないか、と思ったりするのである。


だから人は、毎日部屋やトイレを奇麗に掃除する。

鏡やコップを奇麗に磨いたり、食器を丁寧に扱ったりする。


それは現実の振る舞いが、人々の心を映し出すと、

遠い昔から人々は、よく知っていたからである。


日々の振る舞いを通して、家族へかける言葉も、

人や自然界に対する行為も、思いやりを持った優しいものへと、

変化してゆくだろう。



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-03-19 20:25 | 不思議な話
春の天使メジロ
昨年の一月のことである、メジロの姿を見かけたときに、

彼らの羽が、私の髪に揺れるほど、すぐそばを飛んでくれた

ことがあった。


その日の夢で私は、春の神様が、昼間メジロを通して、

私の髪に、いくつかの真珠の玉をくださったことを知った。



その真珠は、心がけが立派な時には、

美しい宝石をちりばめた、立派な真珠の髪飾りにもなり、

また、そうではない場合もあり、心の在り方について考えさせられる、

とても不思議な真珠であった。



それから一年がたって、今年、メジロが梅の木で、

たいそう熱心に蜜を吸い、一輪一輪の花に、

受粉をしているのをいつも目にとめていた。
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メジロは、何か深い約束をもって、それをなさっている。。。

そのような大切な感覚だけは、いつも伝わってくるのであった。

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そんなある日の夜のこと、夢の中に女神が現れて、

梅の花の持つ、大切な秘密を教えてくれたのであった。


梅の花は、生命の遺伝子を修復し、

人の魂を、神の世界につながる、良きものに変える力を

持っているということであった。


一年間受けた、神様の愛の訓練を行ってゆくうちに、

いくつかであった真珠の玉は、私も知らないうちに、

私の髪に育って、三連の長いネックレスになっていた。


美しい白い真珠の玉の、長い長い連なりを、

春の神様は、ゆっくりと御手にすくいあげて、お持ちになった。


引き上げるネックレスの輪の先端が、

見えないほどそれはとても長く、

私は夢の途中で、朝、目が覚めた。


梅の木には、神様の世界でとても大切な働きがある。

メジロは、梅の木の上で、一輪でも多くの花の実を、

実らせてあげたいと、心から願ってくださり、

雨の日も、雪の日も、夕暮れ時暗くなるころまで、

毎日、梅の木に向き合ってくださっているのである。
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それを思うと、感謝の気持ちとともに、

ただ小さな生き物が、かわいいというだけで、

この世に存在しているのではないという、

もっと深い尊敬の念と、自然を、深く知りたいという思いが、

未熟な私の心の中にも、沸き起こってくるのである。。。
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雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-03-16 16:20 | 不思議な話
名を名乗る犬
散歩中、一羽のムクドリを、民家の庭の芝生で見かけた。
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こちらのお宅の守り神であろうか。。。

ムクドリが、一人でいる姿は、決してないということはないけれど、

仲間の小鳥の見張りもつけずに、こんなにも幸せそうに

夢中で餌を探しているは、あまり見たことがなかったかもしれない。

私も無意識に写真を写していた。
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もっとそばで、ちゃんと写したくて、民家の白い金網に近づこうとしたとき、

金網の内側にある物置小屋の陰から、突然、黒い犬が躍り出てきた。


柴犬にも黒い品種というのがあるのだろうか、よくわからないのですが、

柴犬によくにたその黒い犬は、口を怒りで膨らませるように、

牙をムキムキさせて、今にも、私に吠えかかろうとした。


私は、まったくの空(くう)の気持ちで、その犬を見つめていたのだけれど、

その時に、写真にも写っているムクドリが、

その人は仲間だから大丈夫だよ♪と、のんびりと言ってくれた。


すると、ムキムキしていた犬の口元も一瞬で和み、

シッポをフリフリと振って、突然、とってもかわいらしい声で、

「僕、ポールくん。」と言った。


そのギャップに、私は少しずっこけそうになったのだけれど、

そうか、ムクドリさんとこのポールくんは、仲良しだったんだ。

ちゃんと立派な見張り番がいたんだ♪と思った。


偶然かもしれないけれど、自宅近くでも、黒い犬が名を名乗ってくれた。

彼は、自分のことを「かい」という名前だといっていた。

「海(かい)くん」というのかな。文字の感覚も同時に伝わってくる。


それが彼らの家族内での名なのか、ものの本当の名なのかどうか、

それは何とも言えないが、名を名乗る犬は、偶然だけれど、

どちらも黒い犬であったという、不思議な出来事である。



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-03-05 11:27 | 不思議な話
一枚のコゲラの写真
たった一枚の写真が、人の心を大きく揺さぶる、

写真には、そのような奇跡をも起こすことができる力がある。
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そしてまた私も、たった一枚のコゲラの写真を、森の中で写したときに、

心から感動してくれた人にであった。

初めて、私の写した写真に感動してくれて「すごいよ」といってくれた人、

それは小学生の男の子だった。
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森に遊びに来た少年たちに、何を撮っているのかと、

聞かれた瞬間に、シャッターを押した、コゲラの写真である。


すぐさま、カメラの液晶ファインダーで少年たちに見せると、

この森にそんなのがいるんですか!!!と驚いた。

なんていう鳥ですか!!!

すごいよ!!!と、

大人の私の方が驚いてしまうくらい感激してくれて、

私もほっぺたが熱くなってしまった。


本当に、カメラにコゲラが写ってくれていてよかった。


森の中は、小鳥の姿を写すことが難しい場所である、

たくさんの枝がピント合わせを難しくさせるし、

光の足りない場所もある。

しかも2000分の一秒の速さで、木を突っついているコゲラを、

連写機能も使わず、たった一枚写しただけのものが、

人様に初めて見ていただいたものとなったなんて、感慨深い。


きっと、他の人にとっては些細なことなのだと思われると思うけれど、

自分のカメラの技量を分かるだけに、

今回のことは、神様のなさった御業なのだなと感じざるをえない。



少年たちも森を、小さな生き物が、みんなで暮らしている場所だって、

知ってくれたらうれしいなと思う。


森の神様は、きっと次世代の守り人を、このような奇跡を

いろいろな場所で起こして、ちゃんと今から育てているから

心配する必要など無いのだと、私を安心させてくれたのではないかと思う。


私にとって、このコゲラの写真は、初めて人に喜んでいただけた、

心揺さぶる一枚である。



雲雀(うんじゃく)


撮影 コゲラ (撮影日 2月24日)
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by kotorihua | 2012-02-25 23:12 | 不思議な話



古えの奥義・天の鳥船と伝説の小鳥たち
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