カテゴリ:歳時記( 5 )
「雀始巣(すずめはじめてすくう)」
春分の日の翌日からは、

スズメさんが何度も姿を見せてくださいました。

歳時記の、七十二候では、

「雀始巣(すずめはじめてすくう)」でした。
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この言葉が残されているということは、

神様の世界で、何かとても大切な時期なのだと思われます。


こちらは、巣作りのための、新しい材料を、

くちばしでくわえていらっしゃる、スズメさんです。
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(3月21日「雀始巣」の日に、撮影したものです。)

このスズメさんのことは、少し前に、

古い巣の中の枯葉などを、綺麗になさっているところを、

写真に写させていただいたことがあります。


「巣を作る」という季節の作業を、

明確に、私に知らせてくださるという行為をなさって、

何かとても大切なことを、伝えて下さろうとしているのだと、

そのお気持ちは、ひしひしと、強く感じてはいました。



今日、神様から、季節の存在する意味を教えていただき、

本当に、今、人間は、よい心がけをもって、

がんばってゆかなくてはならない時期に、

あるのだと思います。


私もできる限り、神様の真意をお伝えできるように、

がんばってまいりたいと思います。


***

こちらは、昨日、自転車置き場で、

声をかけてくださったスズメさんです。
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食べ物になさるための、葉っぱのようなものを、

くわえていらっしゃいます。
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私が立ち去ろうとしますと、かわいらしく、

大きな声で呼び止めてくださるのです。
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カメラを向けていましても、まったく逃げることがありませんでした。


むしろ、とても嬉しそうなお顔をなさっていらっしゃいます。
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すべて、昨日のお花見の日の写真になります。
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また、別の場所でも、ものすごく嬉しそうに、

スズメさんが飛んできてくださって、喜びを表現してくださっていました。
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カメラを向けると、このように、こちらを向いてくださいました。
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このようなことは、スズメさんに限っては、

なかなか機会が少ないことでしたので、

本当に本当に、私も嬉しかったのです。



今、神様がメッセージを伝えてくださいました。

★★★

みつ花、とらわれの世界に埋没していた、

スズメさんの魂の象(しょう)が、

今年は、たくさんよみがえりました。


そして、自由の身となったのです。


呪詛のシステムの中で、神ではないものの存在に、

酷使されていたスズメさんが、

新しく、神々の世界(大自然そのもの)に、

巣をかけるようになった日、

それが、「雀始巣(すずめはじめてすくう)」なのです。


☆☆☆

このようにおっしゃってくださいました。


本当の意味は、

「スズメを、はじめて救う」こと、

そのような感覚が伝わってきます。


私は、今、こうして記事をしたためていて、

わかってきたことがたくさんあります。


このことは、大きな意味があることなのだと思います。


みつ花
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by kotorihua | 2013-03-24 17:54 | 歳時記
季節を分ける神々
春分の日(今年は、正確には、その前日から。)、

我が家の駐車場には、たくさんの小鳥さんが訪ねてくださいました。
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小鳥さんが毎日やってくる我が家では、

いつもありそうな光景ですが、実は、

これは、神様が光臨なさる日に行われる、非常に珍しいことです。
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季節そのものである、神様がやってきましたよ~と、

小鳥さんは、非常にわかりやすい振る舞いをなさってくださいます♪

(こうして、すぐそばまで、歩いてきてくださるのです。)
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私はそのおかげで、今日という日が特別に大切な日なのだと、

そのときに感じるのです。
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この写真を載せて、ほのぼのとした記事を書こうと、

しておりますと(いつもそうでありたいと思っているのですが。)、

窓辺にメジロさんが来てくださり、

また、驚くべき内容のメッセージを伝えてくださいました。

★★★

みつ花、話してもいいですか。


遠い古代の秘密です。


むかし季節は、常に暖かく、今でいうと、

夏のような日が、常に続いていました。


そのころの樹木も、生き物も、巨大で、

生命を、謳歌しておりました。

原初の楽園です。


しかし、巨大な魄(はく)(生き物が、)、

暴走をやめることができず、地球を脅かすようになりました。


(以前神様に見せていただいたビジョンでは、恐竜は神でありました。

しかし、そうではない生物、「食いしん坊」とか、「暴力的」であるとか。

そのような存在がいることも、感じられました。)


それゆえに、神は、季節を四つに分けるようになったのです。


春を分け、魄(はく)と、魂と肉体の分離。

夏を分け、肉体と魂の分離。

秋を分け、魂と心の分離。

冬を分け、生と、よみがえりの分離。


(このあたりの単語は、概念なので、感覚で感じてください。

なんとなく、生命の要素を分離することで、清めているような感じです。)


立春(りっしゅん)は、よみがえりを決める、季節の節目です。

その、春を分けて、魂はさらに余分な成分を分離させ清めてゆくのです。


人間が生まれたことも、

魄(はく)から、分け隔てられたものを、

担う器が作られました。


(人間には、鋭い爪も牙も無く、小さいので、

当初は、安全だったのかもしれません。

がんばって、季節にそって、神々と生きていれば、

魄(はく)は、消えてしまう。そのような時代があったのでしょう。)



季節によって、豊穣の季節、

生命の躍進の季節、実りの季節、

そして、厳しい冬…。


それぞれに良さがあり、

それぞれに、厳しさがあります。


そうして、次の季節へ進んでゆく魂を、

精製して、分けているのです。


☆☆☆


本当に驚くべき内容で、びっくりしてしまいました。



確かに、日本の山の古道には、

〇〇追分、XX追分、という地名があり、

実は、この地名は、人体や、魂、遺伝子の中の誤配列を、

正常な部位から、切り離すための作業を、

神々が、神の時空で行っている場所を、意味しています。


神に、清めていただくという、システムの名残の名なのです。



まさか、春分や、秋分についても、

神々による悪成分の切り離しや、精製が行われているとは、

本当に気がつきませんでした。


夏至や、冬至も、原初(どのくらい昔のことなのかは不明ですが。)は、

夏分、冬分と、言っていた頃もあったのかもしれません。


何らかの要因で、夏至、冬至というようになったのだとは思います。

私にも、それについては、まだよくわかりません。


主人が、春の初め、がんばろうと立ち上がってくれたこと。

これは、魂が成長して、立春を迎えることができた、という、

意味があるのでしょう。


「春を分ける」、というのは、次のステージへ行くことが許される、

そのような意味にも思えます。


自然界は、いつも季節が神様であるとおっしゃいますが、

今までは、私も、漠然とした理解でしたが、

今、はっきりと、季節は私たちを育て、そして学びのために、

たくさんの試験や(場合によっては試練)を用意し、

神様が救い上げることのできる、よい魂を実らせるように、

そして、本当に幸せなものたちが、

この世界に繁栄して行くようにと願って、

作られた場所なのだと感じました。


★★★

みつ花、宇宙のシステムは偉大です。


よきものを与えるものには、よきものが与えられ、

そうではないものには、そうではないものが与えられるのです。


☆☆☆

今、伝えられた神様からのメッセージも、

掲載しておきたいと思います。


みつ花
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by kotorihua | 2013-03-24 16:28 | 歳時記
「二十四節気、七十二候」とは
先日のメッセージの中で、「二十四節季、七十二候」と、

神様から、賜ったお言葉の中で、

神様のおっしゃる「二十四節季」と、

通常使われている「二十四節気」という表記には、

どのような違いがあるものかを、漠然と感じていると、

神様からメッセージが来ました。

★★★

みつ花、話してもいいですか。


「節気」のことについて、伝えることがあります。

中国から伝わる「二十四節気」は、

「気学」をもとに構築された、「気の文化」の暦です。

算命術の、数術をもとに生み出された学問であり、暦です。


果てしない宇宙からやってくる、

気の象(しょう)を読み解くのは、東洋に備わっている叡智です。



それを、物質化した「星」の配置から訪れるエネルギーと、

法則を読み解く、メソポタミアの、占星術があります。


この、占星術と算術を、合成したものが「算命学」です。


それらを、確率論で述べるのではなく、

気や星の配置のエネルギーを、感知しながら読み解くものを、

「占術」として成長してきました。



(神様のおっしゃる)「節季」というのは、

その、「星」にも、「気」にも支配されない領域で、

時の中心軸で、物事の起こる前の領域に、

とどまり続ける法則を編み出したものです。


そうしておのずと発生したのが、

「二十四節季、七十二候」です。


(時の中心に)とどまり続ける限り、

運命のもたらす、「反作用」を受けることがありません。


一方で、「占術」にとらわれると、二元論が生じ、

人は、(量子の物理法則同様に)、「どちらも」経験するという、

翻弄された運命に、縛られてしまいます。


個を滅し、特性と興味を極力廃し、

反作用の及ぶことのない、時軸(ときじく)の領域で生きることは、

相対する男女、そして、

自然(神)と人との違いに向き合うなかで、

反作用の原因となるものを、滅却してゆくのです。


☆☆☆


異国では、「二十四節気、七十二候」。

それは、「節気」という現象界に働く、

物理法則に当てはめるのか。(F=mv2乗)


古代の日本では、「二十四節季、七十二候」。

「節季」、という季節そのものの流れ、時間のように、

ミクロと、大宇宙を支配している物理法則(量子論)に、

当てはめて、時間軸の中心にとどまり続けるのか、という、

大きな違いがあるようです。(E=mv2乗 ・ mc2乗)



私は、算命学のことも、占術のことも、

詳しいわけではないのですが、

神様からメッセージをいただけたので驚いています。


占いの結果である、婚期を信じ、

自分や相手の性格や相性を信じ、

18歳で結婚し、大人になりながらの結婚生活を送る。


あるいは、十年、お料理と生活全般のリズムをつかんで、

仕事もして、28歳で結婚する。


どちらが幸せであり、どちらが、長く続く夫婦となるか、

それは誰にもわかりません。


でも確実にわかることは、どちらを選んでも、

人は、幸せのために、精一杯の努力が必要だということです。


それが、宇宙の法則なのだと思います。


それならば、むしろ、無心になって、

精一杯努力して生きていれば、

奇跡のような素敵な出会いも、幸せも、

人生に訪れることがあるかもしれません。



「現象界」の法則ではなく、遍く存在する宇宙の法則が、

どのように人に働きかけているのかを、

自然とのかかわりによって知ることで、

個々の象(しょう)ではなく、「すべて」がわかる。


それが、古代の日本人が編み出していった、

歳時記、「二十四節季、七十二候」であり、

万物ともにある幸せへの、あり方のような気がしました。

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追記

日本で、江戸時代ごろまで続く風習の中で、

「節季候」、「節季候」と、年の暮れに家々に、大声で、

当番になった人が訪ねる、ということがあったのだそうです。


「節季で候(そうろう)」、「節季で候(そうろう)」

つまり、「年度末ですよ~。」と言って、練り歩くわけですが、

本当は、表向きには、決して言えませんけれど、

「節気候」、「二十四節気七十二候」ではなく、

「節季候」、「二十四節季七十二候」なのですよ。と、

後世(今、この現代に。)に、言い伝えるための、

風習だったのかもしれません。


そして、そうであってほしいな、と、私は思うのです。


みつ花
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by kotorihua | 2013-03-08 13:06 | 歳時記
真空に浮かぶ岩と、献茶
オナガさんからいただいていた、

メッセージがあります。

★★★

みつ花、話してもいいですか。


果てしない宇宙の領域は、

多くのエネルギーが存在しています。

そしてそれは、利用されることを待っています。


進化を促し、万物に形、色、特性を与えてくださったのは、

この宇宙空間に存在するエネルギーや、

光の形態なのです。


心を空(くう)にすることで、

(「空」というところでは、概念が濃厚です。

空とは、宇宙でもあり、内なる宇宙でもあり、

神と共通の場でもあり、真空…。

それらを同時に受け取りました。)


もともと始まりの魂に与えられているよき資質が、

形となったのです。

遠い古代の出来事です。

☆☆☆


メッセージの言葉を感知し、読んでいますときに、

エネルギーが濃厚にあって、真空。

そのような概念の方を、言葉よりも強く受け取った、

不思議な感覚のするメッセージでした。


★★★

みつ花、話してもいいですか。


ちょうど一年前、天空(宇宙、真空、神の領域)に、

兆しが現れました。


「岩」です。


その岩は、巨大なエネルギーを秘めています。

光になろうとしているのです。


太陽となる可能性のある岩です。

みつ花には、見ることができます。

☆☆☆


これらのメッセージは、昨日いただいたものでした。

この日は、目を瞑ると、

メッセージの中にもある、宇宙であり、内なる宇宙、

そして神々の領域にある、「真空」の中に、

充満している、強大なエネルギーを感じることができました。


その「真空」に、ごつごつとした岩が、

浮かんでいます。

神様が、詩を詠んでくださいました。


★★★

始まりのときに、育つ真竹(まだけ)よ。

その笹の葉の、生い茂く、香りさわやかなる。


雲を集め、水を呼び、雨降るは恵み。

光生まれるは、このとき。

爽やかな五月に…。

☆☆☆

このような不思議な詩でした。


神様によりますと、ちょうど一年ほど前の三月三日に、

神様に、抹茶を点てるように。と申し付かり、

また、深い感謝の気持ちがあふれて、

抹茶を点てました。


そのお茶を、「山頭華(さんとうか)」というのだそうです。


神々の伝えるお茶の世界は深く、始まりは、

遠い時代では、芽吹いたばかりの蓬(ヨモギ)を煎じて、

この時期に、神様に捧げていたそうです。


現代では、抹茶を点てることを良しとします。


本当の抹茶は、自分で使っている「ご飯茶碗」で点てます。

それが、「ご飯茶碗」が「茶碗」と呼ばれる由縁です。


このお茶碗自体が、人間にとって、神と合一する、

自分自身の「頭鉢」(の一部)を、

顕(あらわ)すものだからです。


神様は、昨年、私たち夫婦が点てたお茶が、

多くの自然界を癒し、神々の心を慰め、

長い何万年にも渡る、魔法を解いたのだと、

おっしゃってくださいます。


「一年の計(けい)は、春にあり」。

神様は、今年もまた、お茶を点てるようにと、

この時期、申し付けてくださいました。

★★★

みつ花、話してもいいですか。


「茶を点てる。」

それはすべて、感謝の心の顕(あらわ)れを持ってなされるもの。

大自然の神々、それを司る、大いなる光、

感謝の気持ちを持って、捧げるものなのです。


その感謝の気持ちが、

自然界にとって、神々にとってかけがえのない、

偉大な力へと、変わってゆくのです。


森の豊穣とともに、通常は、三月三日、

今年は、三月四日となってしまいましたが、

「献茶」は、桃の節句の「草の癒し」とも、

深い関係があります。


☆☆☆



★★★

みつ花、話してもいいですか。


今日のみつ花は、(光や神々と)一体となるよう、

努力をしています。

なので、働きかけが可能です。


努力するみつ花の宇宙(内面の宇宙)と、

神々の光がつながるとき、その石(岩)を癒し、清め、

啓(ひら)かせる(光にする)ことが、可能です。


☆☆☆


私にも、詩のような、言葉が浮かんできました。



遥かなる、遠き天の、

内にあって、なお近く。


触れるほどのそばに、

培われてゆく、始まりの光。


清らかな、神々の願いを受けて・・・。






始まりのときに、育つ真竹(まだけ)よ。

その笹の葉の、生い茂く、香りさわやかなる。


雲を集め、水を呼び、雨降るは恵み。

光生まれるは、このとき。

爽やかな五月に…。


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みつ花
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by kotorihua | 2013-03-05 12:17 | 歳時記
春のえびす講
我が家では、昨日から、今日にかけて、

「春のえびす講」をいたしました♪
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お正月(元旦)の次にやってくる、

自然界にとって、とても大切な歳時記の行事です。


この土地は、春がとても早くから始まるので、

皆さまも、今から「えびす講」をなさっても、

十分に間に合いますので、ぜひ、大自然とそれに宿る魂の、

大いなる幸せを願って、お祝いをなさってみてください。


春のえびす講をするのに良い時期といいますのは、

神様のお話によりますと、樹木さんが目覚めた日から、

桜の咲く頃までの間なのだそうです♪



春と秋の、年に2回行われる「えびす講」は、

歳時記の中で、どのような意味を持つ、

行事であるかと申しますと、


えびす様は、春の、草木の芽吹きはじめる力、光そのもの。


樹木さんの目覚めと同時に、自然界の中のすべての命に、

結びや実りを働きかける偉大な働きと、

お力を持っていらっしゃいます。


春、樹木や森である自然界の神々が目覚めるとき、

人間や、生命の内側から、

外の大自然へと働きに行かれます。


秋になって、樹木さんや森、自然界の神々が眠りにつくころ、

里や街へ降りてきて、人々や生命の内側に帰っていらっしゃり、

冬を過ごします。


毎年、春の初めには、太陽から、宇宙から、

地上の生命に向けて、陽(ひ)の光が届けられます。


それらとともに、自然界で働かれ、

自然界の命に万物に、季節のめぐりとともに、

そのつど、生命や魂のさまざまな領域に働きかけてくださいます。


その一連の、太陽や、宇宙、そして、大自然の息吹に、

感謝して、送り出したり、お迎えしたりする行事を行うことが、

「えびす講」であり、それは、自然界の中での人間の、

大切な役目となっています。


えびす様は、魂の光の集合体であり、

黄金の光の鳥(魂の形)と思っていただいてもかまいません。

本当のお名前は、「エイビス様」といいます。


宗教的な概念を超えた領域に存在し、

万物の魂のとる共通の形態である、

光の鳥のお姿をなさっていらっしゃいます♪


えびす講という行事は、本当に楽しいのです♪

春と秋で、それぞれ違った「講(こう)」を模した「遊び」を、

神様と一緒にすることで、良きことを招き、

人を幸せにしてくださいます。


そして、丁寧に作ったお食事と、鯛をお供えし、

神様と一緒にいただきます。


共食のお供えについては、

あまりお金をかけ過ぎず、食材に手間をかけることを、

惜しまないことで、ご馳走を生み出す気持ちが大切のようです♪


これらも、自分たちが、食べることができる範囲で、

そろえることも大切です。


最近では、えびす講をなさらなくなってしまったという方も、

神様のお心にも十分叶っている、シンプルな「えびす講」をなさり、

自然界とともに生き、遊ぶ、心の楽しさを、

是非、味わって見てください♪


みつ花
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by kotorihua | 2013-03-02 15:02 | 歳時記



古えの奥義・天の鳥船と伝説の小鳥たち
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