カテゴリ:超古代と遺伝子の病( 48 )
7、平和な未来のために、一瞬で、時空を平行移動する大切さ(クオンタムリープ)
初めて、ミツバチさんが、

我が家の窓辺で、花の蜜を吸う、

かわいいらしいお姿を見せてくださったのは、


まだ目の青い、カラスのかわいい雛さんが、

窓辺に、私を優しく呼んでくださってからのこと。


窓を開けると、明け方の、

ほの明るい日射しの中で、


ミツバチさんは、開けた窓辺の、

縁台の、ふちの辺りを数回、

行き来してくださりながらも、

すぐに、生い茂る庭木の葉に隠れると、

どこかへ行ってしまいました。


久しぶりにお姿を見かけた、ミツバチさんの、

来てくださった場所が、

我が家の窓辺であったことが、

本当に嬉しくて、


「ゆっくりしていってください。」と、

心の中で思うと、


そのとき、カラスさんは、

「追いかけてはいけないよ」、と、

優しく教えてくださるので、

そっと、窓を閉めました。



それから二日後の、

我が家の窓辺では、よいことがたくさんあって、


今年の春に生まれた、

青い羽を持つ、オナガの雛さんが、

窓の外から、優しく呼んでくださると、


陽の、昇り始めの、

涼しい時間帯を選んで、

再び、ミツバチさんがやってきてくださいました。


今、縁側に咲き誇っている、

ノウゼンカズラさんの花の、

勢いを増して、美しくなった夏の庭で、

そこにはすでに、ミツバチさんが、すでに、

後ろ足のすねに、花粉をたくさんつけている、

かわいいお姿が、あったのでした。



私は、とても嬉しくて、

この日の前日は、炎天下であったこともあって、


花の蜜は、乾いてしまってはいないでしょうか。

花は朝になると、再び蜜を、

醸(かも)すものなのでしょうか。と、

心にふと思いながら、


「蜜が吸えるといいですね。」と、

ミツバチさんに声をかけると、


ミツバチさんは、ホルンのような形をした、

鮮やかなオレンジ色の、花の奥へと、

蜜を吸いに、入ってゆきました。


しばらく、その花を見つめていると、

中から再び姿を現した、ミツバチさんには、


頭から首、背中にかけて、

広い範囲に、淡いレモン色の花粉が、

たくさんついていらっしゃいました。


足には、すでに小玉のように、

黄色い、花粉の玉を、つけていらっしゃいますから、


この日も、まだ早朝だというのに、

もうすでに、庭から庭へ、花から花へと、

働いていらっしゃったに、違いありません。


突然に、

窓から丸見えとなる、通りには、

通行人が、通りかかるようで、

スズメさんが、前もってそれを知らせてくださり、

部屋の中に入った私でしたが、


人が通り過ぎるのを待って、

窓の外へ、再び顔をのぞかせると、

先ほどの、ミツバチさんの背中に、

たっぷりとついていたはず花粉が、

かなりなくなっていることに、気がつきました。


どうしたのかな、と、

そう思った、思念と同時に、

ミツバチさんは優しく、

ふんわりと、目の前を飛んでくださり、


葉の少ない、細い木の枝の上に、

姿がよく見えるようにと、

止まって下さったのでした。



ミツバチさんは、枝に止まるとすぐに、

両方の前足を、上手に使って、

背中から首、そして頭の先へ向かって、

みずからを、ひとなですると、


そのまま、その両の前足を、

後ろ足にぶら下げていらっしゃる、

花粉の玉に、軽くひとなでなさり、


何度かこのしぐを繰り返すと、

背中の花粉はすっかり無くなり、


すべて足もとの、花粉の玉に、

大切に、集められていたのでした。


その、一連の、かわいらしいしぐさを、

目の前で、私に、

見せてくださったのでした。


そのときの私が、どんなに嬉しかったか、

言葉にできませんが、

それゆえに、こうしてまた、

このブログを、したためることとなりました。



昆虫さんの、六本足は、

それぞれ、意味と役割を持ち、


前足とも、手ともいえる二本を自在に動かし、

真ん中の、二本の足で、

しっかりと、枝や、植物さんにとまり、


花粉のついている、両の後ろ足は、

自在に伸ばされたまま、

大きくなってゆく、花粉の玉と、体との、

バランスをとっていらっしゃるのだと、

わかったのです。



こんなにも間近で、

私が、ふと思った疑問に、

即座に振る舞いをもって答えてくださる、


昆虫さんや、小鳥さんの、

深くて優しい、ピュアな心を感じると、

心が、温かくなります。


とてもかわいいしぐさで見つめてくださる、

ミツバチさんの、

一瞬で舞い上がることのできる、身体の機能、

二枚の羽の羽ばたきだけで、

自在に空を、軽やかに舞えるのは、

本当に素晴らしいことです。



また、ある日などは、

雨上がりの、この庭の花に、

たずねてくださいました。



そのときのミツバチさんは、

前回にも増して、とまろうとする花を、

一つ一つ吟味しているのですが、

なかなか花にとまりません。


その日に限っては、

すでに開いている花ではなく


花のつぼみが、

やっと、ねじりを解いて、

ほんの少しだけ、開き始めたような、

開花途中の花ばかりを選んで、


その小さな隙間に、ミツバチさん自身は、

入ることができるかどうかと、

定点で羽ばたきながら、

吟味なさっていらっしゃるのです。


でもしかし、

決して、自分よりも小さな隙間を、

こじ開けて、花びらを傷つけてしまうような、

失礼なことはなさらないのです。


今日はどうしたのかな、と、ふと思うと、

ミツバチさんは、即座に、


すでに開ききって、美しく咲いている、

水滴を含んだ、花の中に入りました。


蜜を吸い終わった後の、

ミツバチさんのそのときの背中には、


晴れた日に集めていたような、

美しいレモン色の、

パウダーのような花粉ではなく、


雨のために、水分を含んでしまった

ふやけて白っぽい花粉が、

ぽつんと、固まって丸まったまま、

背中に、くっついていたのでした。


花から出てきた、ミツバチさんは、

そのふやけた白い花粉を、


両方の前足で、はらりと、

何の執着もなく、背中から払いのけて、

捨ててしまわれたのでした。



日々変わる天候、花の開花状況や、

蜜や花粉の、その日の状態、


よい花粉を集めることができる時分、というのは、

本当に限られたものなのだと知りました。



その上、もともと、我が家のノウゼンカズラの花は、

取り決めがあって、ずっと、

アリさんたちが、

春から、夏の間じゅう咲く、

その花の蜜を糧にしています。


そうすることで、

庭にある果樹を食べることなく、

小鳥さんのために、分けてくださり、


さらに、我が家の部屋の中へ、

入ってくることが、ありません。


これは、我が家の庭においての取り決めのようであり、

他の家に住んでいたときは、

イチゴがアリさんの食べ物となって、

我が家に入ってこなかったことがありました。


このように、身近な自然界の縮図のなかにも、

つつましさがあり、


ミツバチさんは、

大切なことを私に伝えてくださるために、

アリさんから、蜜を吸うことを、

許していただいていたようです。


私が、本来の心を取り戻すと、

ミツバチさんは、アリさんに遠慮して、

蜜を吸いに来ないのです。


また、お姿を拝見しないのは、

連日の雨などが、重なったことも要因のようです。


きっと、ミツバチさんは、

空を飛ぶことができない日などは、

巣の中で、集めた蜜をみなで分け合ったりなさって、

過ごしていらっしゃるのないでしょうか。


姿が見えなくなる、冬場なども、

天気のよい間に集められた、花の蜜は、


彼らの、一冬を越える命をつなぎ、

彼らの、たくさんの子供たちを、

育てていらっしゃるのでしょう。


また、ミツバチさんへ向ける、

このような温かい愛や理解、

他の種である、仲間のアシナガバチさんを、

花のある窓辺に招いてくださり、


すべて、大切な仲間の紹介を、

彼らは忘れないのです。



今までは、草の上を飛ぶお姿しか、

拝見したことがなかった、

アシナガバチさんは、

日射しの強い日中でも、

元気よく活動なさっていらっしゃいます。


ミツバチさんの集める花粉の玉が、

まん丸であったのに対し、


アシナガバチさんの集める花粉は、

アシナガバチさんの足の、すねの長さに比例して、


まるで管玉(くだだま)という、

貴石を磨いて作った、古代の宝石のように、

たてに細長く、上手な具合に、

花粉を、まとめていらっしゃったのでした。


蜂(ハチ)さんという種への愛を、

ミツバチさんも、アシナガバチさんも

みなが喜んでくださっていること、


みなで、順番に、この庭に温かな愛を、

届けてくださっていらっしゃるのだと、

伝えてくださいました。


私たち人間も、

この豊かな地上の、

花々の愛のエッセンスである蜜を、

蜂さんという種から、

健康や、喜びのために、

少しだけ、分けていただいています。


それは、古代、神々である彼らから、

伝えられた手法であり、

自然界からの、大切な贈り物なのです。


こんなにも、かわいい蜂(ハチ)さんたちが、

一生懸命に集めてくださった、貴重品です。


本当に感謝の気持ちと、

彼らへむけるあたたかな愛を、

忘れてはいけないなと感じ、

大切に、いただきたいと思いました。



つづく



みつ花






[PR]
by kotorihua | 2017-08-06 07:34 | 超古代と遺伝子の病
6、平和な未来のために、一瞬で、時空を平行移動する大切さ(クオンタムリープ)
幸せの青い鳥が、振る舞いを持って、

教えてくださること、それは、

一瞬で行動を変えてしまえると、

いい事がたくさん起こるようになること。


ローヤルゼリーを飲むことを、

あっさりとやめてしまったのち、


負のスパイラルはとまり、

その中で見て、経験したこと、

その世界観と、

人の意識や、暮らしという身近な世界のつながり、


そして、どのように植物さんたちや、

昆虫さんたちが、人々を癒して下さろうと、

待っていてくださっているのかということを、

少なからず、わかってくるようになりました。


お日様の、楽園で、小鳥さんたちも、

夏の昆虫さんたちも、

心待ちにしてくださっています。


自然界が、一瞬で、友となってくださる、

信頼を置いてくださる、という、

変化の瞬間があります。


それは、自分自身が、

自然界の求める方向へ、

思い切って、行動を変えてしまうこと。


変えてしまえる、

力強い勇気や、心の軽さを持つこと。


自分には、今すぐできることなのに、

もたもたしていると、


自然界の命の生き物と、

人間の時間軸には、大きな感覚や、

作用の隔たりがあるので、

それを広げないことが、

とても大切なのだと、わかったのです。


今、この瞬間、ということを、

本当にいつも大切にして生きてゆきたい。


蝶々さんや、蝉(セミ)さん、蜂(ハチ)さん、

時間軸の、一生というものさしが、

人間の時間の流れとは、大きく違っている、

昆虫さんという種と、

心からの、友となるとき、


いつも、この一瞬で、

精一杯、愛を伝えて、

精一杯、感謝をお伝えしてゆきたいと、

心からそう思えるのです。



意識の方向性を、一瞬で変える、

それは、量子力学の世界で、

粒子の跳躍となって、

回転のスピンの方向性を変え、

別の平行宇宙空間に、移動することにつながります。


われわれは、三次元において、

固定されたピンや、鋲(びょう)のように、

常に、定点にありますが、


固体の内側にある、細胞や、生体内の時空、

そして、物質の背後に存在している、

高次元の空間では、まったく違う世界を、

生きることになるのです。


意識の転換は、物理学用語で言う、

「時空の平行移動の原理」と、

とても深い関係があるのです。


固定されて、存在せざるを得ない場においても、

時空が変わることで、

向かえる、未来が変わります。




我が家に、再び、

ミツバチさんがやってきてくださったのは、


私が、ローヤルゼリーを飲むことやめてから、

一ヵ月半ほど経過してからでした。


負のスパイラルに引き込まれてしまう、

理由となる、深い次元の、命の仕組みを知り、

ようやく理解できるようになってからのことでした。


(もちろん今でさえ、私は、

理解の途中を歩いているに過ぎない、

小さな存在であることに、

変わりはありませんが・・・。)


ミツバチさんは、

思いがけなく、かわいらしいしぐさを見せてくださり、

この記事を書くことや、

この記事を多くの人々が、読んでくださり、


本来の生命の仕組みを、

深く理解してくださることで、

多くの生命が、幸せになる、と、

伝えてくださっています。


彼らの幸せが、

人々の幸せにも、密接につながっている、

それが、本来の根源的な、宇宙法則です。


続きは次回に。


みつ花








[PR]
by kotorihua | 2017-08-05 06:54 | 超古代と遺伝子の病
5、平和な未来のために、一瞬で、時空を平行移動する大切さ(クオンタムリープ)
昆虫である蜂さんの集める、

花の花粉の素晴らしさに気がついたのは、


蜂さんが、足にたくさんの花粉をつけたまま、

私のそばを飛んでくださると、

体調が、とても良くなることに気がついたからでした。



そもそも、花の花粉は、

健康のための、愛のパワーが満ちているもの。


そもそも花粉は、お花さんにとって、

愛そのものであり、


物質が、心となって、

天空へと飛翔してゆくための、

エクスタシーの波動を持って、

虹の光や、黄金の光の輝きを生み出し、

実を結ぶための、魔法の粉なのです。



お花さんたちにとって、

ミツバチさんや、多くの昆虫さん、

小鳥さん、そして風さんは、


彼らの愛を結びつける、

メッセンジャーでもあります。


ミツバチさんは、

その、ご褒美として、お花たちが分けてくださった、

大切な花粉を、丁寧に巣に持ち帰って、

自ら、命のエッセンスを紡いで加工し、


女王蜂という、

かつて自分たちの生命を、この世に授けてくれた、

母なる存在に、いたらしめるもの、


そしていつの日か、

自分たちの、妻となるべく女王蜂を育てるための、

愛と生命を生み出す、魔法の粉を、

「愛を伝える捧げ物」としているのです。




ミツバチさんは、花の季節になると、

花の蜜がまだ潤いのあるうちに、

朝早くから、蜜を集め始めます。


夏は、涼しいうちから、活動を始め、

日の昇る、暑い日中であっても、

さまざまな花の種類によって、

いつの時分に、良い蜜を分けてくださるのか、という、

大切な知識を知り尽くし、


一生懸命に、

植物さんたちのために働くがゆえに、

植物さんたちや、生命の源から愛されて、

感謝されて、偉大な宇宙由来の、

生命の魔法を保持するという、

崇高な役割を授けられているのです。



ある日私が、主人に、

いかに蜂(ハチ)さんが素晴らしいか、

花粉が素晴らしいか、ということを、

話しをしたときに、ローヤルゼリーを、

購入してくださったことがありました。


一粒飲むと、とても、元気になったような、

癒されてゆくのを感じました。


しかし、数日たって、

カプセルも3~4粒ほど、飲み終えたころ、

あれほど毎日のように、訪ねて下さっていた蜂さんが、

姿を見せなくなってしまいました。


自然界も、少量ならば、

心から、物質に働きかけ、

元気になる魔法の力を、

与えてくださることができるのですが、


もともとは、自然界の生き物の、

愛や生存のために存在する食べ物。


その一口が、

ある種の蜂(ハチ)さんの、

コロニー全体を生み出せる生命力を宿し、

数多くの命の固体を生みだせるがゆえに、


逆に、その多くの生命体の生存の可能性を、

人間が奪ってしまいかねないことを、

宇宙や、量子物理学は、自動的に、

物理法則として、判断するのです。


少量を心がけなければ、

逆に体内で、自然界のバランスを崩して、


返って、自然界の癒しや、生命の魔法という、

物質ではなく、心と心でつながる、

豊かな生命の、心からの愛の魔法の仕組みを、

遠ざけてしまうものなのだと知りました。





また、本来は、

蜂(ハチ)さんが、愛によって、

お花さんたちという存在から、

感謝の気持ちから贈られた、

どこまでもプラスのエネルギーを持っている花粉を、


蜂(ハチ)さんが、自らの生命から紡ぎ出す、

愛と輝きに満ちているものを、


人間が、

たとえ人の健康のためという、

大義名分であったとしても、


贈られたわけではなく、

奪って集めてゆく、という、

どこまでもマイナスのエネルギーと、

人間的な手法によって加工されていると、

マイナスの作用を付加されて、


人類の遺伝子の、負のスパイラルの方向性へ

簡単に、巻き込まれていってしまうのです。


科学的な、元素の構成は同じであっても、

量子物理学的な、運動の向きは、


生命が、幸せに生きるという原理とは、

正反対の回転になってしまい、

幸せと健康のスパイラルから、

遠ざかってしまうのです。



人間には、食べてはいけないものが存在します。


空腹や健康を満たす、

十分な食べ物があるのに、

ふさわしい食べもがあるのに、


必要性を満たす以上に、

何らかの意図があって、

自然界から、奪って搾取するもの。



また、個体数の少なくなっているものや、

自然界にとって、

豊かな未来の可能性を秘めているもの。など。


それらは、生命の輝きのスパイラルを、

反転させてしまうのです。



もちろんしかし、例外はあります。


それは、それを食さなければ、

生きてゆけない境遇である場合や、

それに準じる、ある季節など。


古来の風習から、

脈々と続いている、ある民族に限って、など。


そのようなものは、ときとして、

別の民族が食べてしまうと、

良くない結果を招く場合もあります。



でもそれは、人が、欲や興味を出さなければ、

そして、旅をしても、

常に自然界の生き物への、愛があれば、

食する機会は、ほとんど無いので、


それらのものが、実際個々に、

どれなのか、ということについては、

今は、書かないようにしておこうと思います。



また、身近な食べ方の注意点というか、

コツのようなものでいうならば、

レタスやキャベツなども、新芽の、

苦味のある若い中心部位を、なるべくさけること。


これは、生で食べるときや、

葉を一枚一枚、はがして調理する場合に、

苦い若葉を、なるべく食べないことを心がけます。


煮込み料理や、蒸し焼きなどで、

よく火が通っていれば、

丸ごとに近い状態で、キャベツを使う場合など、

若葉も、軸も、食べても大丈夫です。


豆類に関しては、ゆでた鞘(さや)の中の、

小さくて、若くて、苦い豆は、食べないこと。


これは、未来の豊穣への、

人間ができる、自然界への、

若い命に対する、気遣いなのです。


そして、豆をはじめ、

レタスやキャベツ、葉物などの、

若い部位の苦味を食べないことは、

健康のためでもあり、


また、命を大切にし、敬意を払っているという、

量子力学の世界への、声なきメッセージでもあります。


つづく


みつ花






[PR]
by kotorihua | 2017-08-04 04:51 | 超古代と遺伝子の病
4、平和な未来のために、一瞬で、時空を平行移動する大切さ(クオンタムリープ)
今、最もお伝えしたい、蜂(ハチ)さんのこと。

人類が、幸せになれるか、ということに、

重大に、かかわっている出来事。


映画、「アップサイドダウン、重力の恋人」という、

私の好きな映画のひとつがあります。

( 原題:Upside Down )


映画は、時として、

原作者のたどり着いた、

深遠なる、生命の秘密や、


監督や、映像の技術者などが魅せる、

鮮やかな映像の世界は、

本当に存在している、ある次元を、

垣間見たものが、そのまま、

映像美として、表現されることがあります。


素晴らしいもの、ちょっと危険なもの、

かなり危険のなもの、

さまざまに、

人は、どうしても表現したがる生き物です。


人間の世界は、意識への扉を、

まだコントロールできないがゆえに、

量子物理学の時空を、映像という形で、

無防備に、開いてしまってる。

それが現状です。



この二年くらい、私は、まったく映画やテレビ、

ネットを見ていない時期ではありますが、


今まで、語学の勉強のために、

多くの映画を見てきました。


しかし、十年以上前にも、六年間ほど、

ある種の映画を、見ていなかった時期があります。


映画については、良いことも、

気をつけなければならない側面も、

たくさん語りたいことがありますが、

それは、抑えつつ、

一人一人それぞれの判断力に、

お任せするとして。


その、映画「アップサイドダウン」の中で、

古代の叡智を、継承している、

叔母さんから譲り受けた、

古いノートに書き留められている、

秘密の魔法の真髄が、

蜂(ハチ)さんの集める花粉にあったこと。


もちろん映画ですから、ファンタジーの世界であり、

決して、真実というわけではなく、

楽しい誇張がたくさんありますが、



本当の真実、

もっと、素朴で、

もっと、急を要する大切な、蜂(ハチ)さんの花粉の、

本当の「秘密の魔法」の重要性を、

お伝えしようと思います。


つづく


みつ花





[PR]
by kotorihua | 2017-08-03 06:24 | 超古代と遺伝子の病
3、平和な未来のために、一瞬で、時空を平行移動する大切さ(クオンタムリープ)
昨日、ブログを書きとめているとき、

自然界が、気分転換に、外へ出るようにと、

優しく、うながしてくださいました。


いつも、素朴で清貧な暮らしをしてはいますが、

決して、貧乏だというわけではないので、


上達してきた英語の勉強のためにと、

主人が買ってくださった、

素敵なワンピースが、何着かあるのですが、


今日は、そのうちの一着をまとって、

まぶしい陽ざしの、高く昇る中、

散歩のために、外へ出てみました。


数件ほど先の、みかんの木の、たくさん育つ庭で、

キアゲハチョウさんが、そのうちの一本のみかんの木に、

卵を一つ一つ、植えつけていらっしゃる、

すばらしい瞬間を、目にすることができました。


すでにそのみかんの木は、蝶々さんたちに人気のようで、

葉が、すでに巣立った幼虫さんに食べられて、

すっかりなくなっているにもかかわらず、


生命力の強い、みかんの木が、

新たな若葉を萌え出づる兆しを見せていて、

昨日のキアゲハチョウさんのお母さんも、

葉の、柔らかく一番おいしいときに、

子供たちが、卵から、孵(かえ)るようにと、

すでに、未来を見据えています。



昨年の秋、この木は、

たわわにみかんの実をつけ、


その実は、ヒヨドリさんや、ムクドリさん、

メジロさんなどの、若いつがいの、

食べ物であり、また、私の魂の癒しを、

受け持ってくださっていた、

本当にみずみずしく、おいしそうなみかんを実らせる、

心のよりどころの木の一つなのです。


今年は、蝶々さんの、たくさん育つ、

生命の依代となってくださっている。


そのように、命は常に、他へ愛を与えあい、

さまざまな種が、交互に恩恵にあずかれるようにと、

協調や、慎みを持っていることを、

意識で感じたのでした。



我が家の裏庭に、帰ってくると、

その広々とした駐車場で、美しいタテハチョウさんが、

優雅に、楽しそうに舞っていらっしゃるのが見えました。


「こちらへ」と、おっしゃる蝶々さんのそばにゆき、

私の書き残すものが、自然界にとって、

よいかどうか、お聞きしたくて。


また、人へ強く、言い過ぎてしまってはいないか、

常に、心にとめていますので、

昆虫さんに、判断を仰ごうと思っていたのです。


それから、さらに、私の夢である、

小鳥さんが手に止まってくださること、の前に、

登竜門として、蝶々さんが手に止まってくださることが、

私の、乗り越えるべき課題である、と、

昨年の秋に、自然界から、伝えられていたこともあり、


いつも美しい蝶々さんに、手を伸ばし、

いつか触れることができたならば、と、

思っていながらも、


いざ蝶々さんが、止まろうとすると、

そして、小鳥さんのときもそうなのですが、


まるで、条件反射のように、びくっと、

恐怖心だけが、勝手に動いてしまって、

チャンスを逃していたのです。


昨日は、素敵な服をまとって、

美しい姿をして、緑の雑草が、

絨毯のように生い茂る、なじみの駐車場で、


どんなことがあっても動かない、と、

念頭に思いながら、心を開いて、両手を広げて、

蝶々さんを呼ぶと、


即座に、

私の、条件反射的な恐怖心など、

起こる間もないほどの、即座に、


広げて差し出した手の指の、小指の上に、

蝶々さんが止まってくださったのでした。


こんなにも、自然に。


当たり前のように、止まってくださったのが、

とっても嬉しかったのです。


しばらく声も立てずに、じっと見つめていました。

ありがとうの気持ちを伝えると、

ふんわりと舞い上がり、

また駐車場を、ひらひらと舞っていらっしゃいます。


心と、蝶々さんとが、一本の光でつながっているのが、

感じ取れて、また手を広げてのばすと、

こんどは薬指に止まってくださり、


ひとたび、通りがかった人の姿を見て、

一瞬舞い上がるのですが、またひらひらと、

私のそばを飛んで来てくださるのです。


手を差し出すと、反対の手のほうにも、

止まってくださり、

こんなにも簡単に、簡単に、

手に止まってくださることが、


本当に信じられなくて、

時が止まったように、唖然としてしまい、

蝶々さんが、

何度手に止まってくださったのか、

あまりよく、覚えていないほどです。


蝶々さんは、六本の足で、

しっかりと私の指を、つかんでいてくださり、

抱きしめてくださっているのだと、

感じました。


とても軽くて、かわいらしくて、

宝石や、コサージュのように美しくて、


この蝶々さんが、

安心して手に止まっていらっしゃると、

ほかの、小さなシジミチョウさんや、

トンボさんたちも、近づいて来てくださり、


ひらひらと私の周りを、舞ってくださる、

その様子は、美しくて、夢のようです。



でも、さすがに、真夏の炎天下ですから、

昼間は静かに、木陰で過ごしていらっしゃる小鳥さんも、

心配してくださり、もうそろそろ部屋に入るようにと、

さえずりで、うながしてくださったことで、

ふっと、われに返ったのでした。




連日の記事を、

昆虫さんたちは、

とても喜んでくださっていらっしゃるのだと、

確認することができたのでした。


また、昨日のように、

美しい命への礼儀として、

きちんとした服を身につけていたことを、

自然界は、喜んでくださっているのだと、

改めて感じることができました。


ずっと心から、蝶々さんを、お慕いして、

尊敬してはいましたが、

このように、手に止まっていただけたことは、


昆虫さんと友になってから、数年、

昆虫さんの奥深い世界を、人々にもご紹介しようと、

わずかばかりながら奮闘している私ではあっても、

本当に、初めての体験となります。


すべては、命が、お互いに求め合って、

心からの信頼の上に、時にかなってなされる、

「他の命に触れる」という、

深い愛の開示は、


どんなことがあっても、

くじけることなく、人生を全うして、

自然界の教えを守っていこうと、思える強い力と、


物質を軽々と、通り超えて、

何にも、とらわれることなく、

風のように、

この今を、生きてゆくために、


心に、莫大なエネルギーを与えられるものなのだと、

思えたのでした。





昨日は、朝の雲も、非常に繊細な粒子を持っていて、

宇宙空間から、直接降り注ぐ愛を感じました。


蝶々さんと遊んだ、その午後には、

夏の恵みである、大粒の雨が降り、

自然界が、待っていた雨である、と。


そして、与える者は、たくさん与えられるのだと、

雨が語っていました。


自然界から、宇宙から、

存在から、たくさんの愛をいただけた、

私にとって、とても嬉しい日でした。



つづく


みつ花







[PR]
by kotorihua | 2017-08-02 12:17 | 超古代と遺伝子の病
2、平和な未来のために、一瞬で、時空を平行移動する大切さ(クオンタムリープ)
大切にしていた木が、

あるいは、その枝が切られてしまうと、

人の健康が、危機にさらされてしまいかねない、


その体験を、今年、初めて経験しました。



毎日のように、心をよりどころとして、

ある木の元に訪ね、指針を仰いでいたのですが、


ある日突然、もち主によって、

枝が、切られてしまっていました。


季節ではないときに、切ってはいけない部位を、

素人の判断で、むやみに切ってしまうと、

場合によっては、春に、その木は、

花を咲かせることができなくなり、


さらに、よい実りをもたらし、

たくさんの小鳥さんや、昆虫さんたちを、

木のもとに呼んで、育てることができなくなってしまいます。




春の、命を生み出す、大変力強い、

宇宙からの愛のエネルギー流が、

滞って、物質内に、鬱積してしまい、


樹木さんが、

ご自身の存在の、根源的な喜びとなさっている、

命の喜びの実を、分けてあげることが、

できないでいる。


その状態を、人間である私も感じ取り、

いつもはただひたすら、頼るだけであった樹木さんを、

思いやることができる気持ちが生まれるようになった翌日、


ある昆虫さんが、その木の幹から、

いくつかの枝々の先端に向かって、

一列にびっしりと、止まっていらっしゃることに、

気がつきました。


その樹木さんの幹や、枝に、

連なって並んでいらっしゃるのを見たときに、


私は、自然界の癒しの深さと、

お互いが、助け合って、いらっしゃる、

尊いお姿に、宇宙からの深い愛を感じたのでした。


それは、なぜかというと、

その年に、通すことができなかった、

樹木さんの性エネルギーとも、

喜びと生命の、愛のルートともいえる、

エネルギーの流れを、昆虫さんたちがみなで、

癒していらっしゃることに気がついたのです。



この時期に成虫となる、

この昆虫さんの到来を待って、

樹木さんは、ご自身が癒されるのを、

ずっと、ずっと待っていらっしゃったのではないか。


そして、その仕組みを、すべてわかった上で、

前もって、私に開示なさってくださったのではないか、

ということが、私には感じられたのです。



この昆虫さんは、

アオバハゴロモさんとおっしゃって、

私にも、魂が天空を舞う力を、

授けてくださったことがあります。


さらに、虫の本を啓く、という、

私にとって新しい、境地である、

量子物理学の、癒しの世界へ、

橋渡しをしてくださった昆虫さんです。


この昆虫さんが、助けに来てくださると、

生命のエネルギールートは、

肉体である物質を越え、

速やかに天へ通じさせてくださり、

滞りを、解消してくださるのです。


自然界は常に、お互いを癒しあい、

実りや喜びを与え合って、分け合って生きていらっしゃいます。



人為的な、タントラや房中術、

インドのカーマスートラ、

それを引き継いで存在している、

現代の文明のさまざまな手法の名残など、

性エネルギーによる、

エネルギールートを開く手法や、


薬草や薬物などによる、

人間の使う手法というのは、

不調和を、招きかねません。



体調を崩してしまったときに、

この人類に存在している、負のスパイラルというものが、

古い時代から続く、そのようなものから、

できているのだと知りました。


愛のない、愛の行為、

愛があっても、何かそこに、

自然ではない、人為が介在するだけで、


性の生み出す生命力の、

生きるという、存在するという力、知的な領域は、

負のルートを形成し、本流の神の時間軸、時空間から、

離れていってしまうのです。



それが、人類が遺伝子の中に持っている、

アポトーシス性を存在させている、

負のスパイラルなのです。


性が、のぼりつめて、二重の螺旋の高みに行く、

その領域を進むことと、同じ以上のエネルギー量で、

この負のスパイラルから抜け出す、


それはまるで、ブラックホールを抜け出すのと、

同じ大変さや、困難さがあります。



その苦しみを、何か外部から、

他者から与えられている作用だと思いこんでしまうと、

他者との競争や争い、あるいは、

戦争のような世の中になってしまいます。



その苦しみを、今度は、自分のものと思えば、

人は生きる苦しみ耐えかねて、

自ら死を選ぶようになってしまいます。


その、どちらでもない場合、

生きる力を無駄にもてあましていたり、

何をすべきかわからないままでいると、

癌などの病になってしまうのです。



それは、人間として生まれてしまった苦しみ、

ブラックホールから抜け出すぐらいの力を、

存在している力と同じくらいの力で、

自ら生きること、気づくことが、本当に大切です。


遺伝的に、近い存在が、そのような状況に陥れば、

自分自身に関係がなくとも、

その苦しみは、超えるべきものとして残されてしまいます。


本当に物事を見極める、

透徹な叡智が必要であり、

他の誰にも、決して迷惑をかけるべきではありません。



人間であることを、一生をかけて解脱すること、


あるいは、神人合一の叡智である、

自然と一体となる、仙人の境地のような生き方を、

地球人は求められているのです。


万物への、深い理解と、心温かい愛だけが、

日々の暮らしの中で、

万物への、喜びのスパイラルへ、

正しい生命の方向と、時間軸へと、

つながれてゆく秘訣なのです。



つづく


みつ花






[PR]
by kotorihua | 2017-08-01 13:45 | 超古代と遺伝子の病
1、平和な未来のために、一瞬で、時空を平行移動する大切さ(クオンタムリープ)
体調が、あまりにもすぐれなくなったときに、

いつも助けてくださるのが、

昆虫さんたちの、不思議で、

ミステリアスで、輝くような、

幾何学的な振る舞いでした。


彼らの動きは、量子物理学の、

ミクロの繊細な領域に働きかけているために、

物質の原子や、中性子、クオークといわれるような、

物質の内側を、癒す力を持っていらっしゃいます。


もちろん、小鳥さんのさえずりや、

羽ばたきもそうですが、


声を発する昆虫さんの場合、

その鳴き声が、もちろん、

生体の物質奥深く、そして、大宇宙に働きかけ、


声を発しない、虫さんの場合も、

羽ばたきの音や、形態や、

特殊な動き、仕草によって、

その時空に働きかけることができます。


彼らは、今どうしたら、

私の体調がよくなるのか、

常に、その動きや仕草で表される形態文様を、

見せてくだだることで、私の体調を、

精神の根本から、改善してくださっていたのです。


素朴な原住民の織り成す、タペストリーの、

幾何学文様のように、

あるいは岩石や、地上絵に残されている、

文様や先刻画の、形態のように、


今残されている世界中の古代の遺跡の中にも、

伝えられている、古い文化の名残の中に、

同じような、美しい文様を見るのです。


ひとつの文様の魔法が、

その時の状況に、的確に合わせた効き目がある、という、

真理があるように、



ある期間、毎日のように変わっていく、

体調の変化に合わせて

日々、新たな幾何学的文様を与えられていました。


私はすぐに、昆虫さんの見せてくださった仕草の、

その形態を、床の上に指でなぞって描くと、

瞬時に、体調がよくなるビジョンを感じたのでした。


人間の遺伝子だけが持っている、根源的な、

存在のアポトーシス性が発する、

負のスパイラルから抜け出す、

その秘密の形態文様を、

昆虫さんたちは、毎日のように、

開示してくださったのでした。




遠い次元が、癒される、

眠りの中で、肉体の癒しが行われてゆく、


それが遺伝子という、ミクロの世界のことなのか、

宇宙という広大な世界においてなのか、

人間の、意識や想念の世界なのか。


そのつながりあう世界の仕組みは、

とうてい人間の私にはわかりませんが、


身近な昆虫さんや、小鳥さん、

植物さんたちをはじめとする、

自然界の生き物はみな、その仕組みを、

深く理解なさっていらっしゃるのでした。


つづく


みつ花








[PR]
by kotorihua | 2017-08-01 06:15 | 超古代と遺伝子の病
十戒と、自然界の癒し
古代、モーゼさんは、左の柱を落ちてしまった人でした。


砂漠から抜け出し、仏陀の仏足跡をたどって、

再び柱を登り、無を極め、


瞳から、瞳への、危険な砂漠の魔法を使う人々に、

その危険性を伝えるために、

モーゼさんは神に選ばれて、

十戒を持ち帰ったのでした。



「十戒に書かれた、魔法を使わないため」、に。


十戒には、殺さない、という、

人間ならば、当たり前のことまでも書かれていて、

それを不思議に思ったことがある人は多いと思います。


これは、普通の人へ書かれた戒めではありませんでした。

砂漠の魔法を使うものたちに、

自然界から、絶対に許されないものとして、

語られたものでした。



古代、世界中の人々は魔法や呪詛、呪術を使っていました。

今でも、そうだと思います。

簡単なものから、恐ろしいものまで。


人は、使えるならば、いとも簡単に、

邪魔者を消す魔法を使ってしまうものです。


恋や愛、欲望が手に入らないときや、

あるいは、才能や境遇をうらやんで。

またあるいは、邪険にされたように感じた、など。


魔法ならば、殺しても、誰も気づかない、と。



モーゼは、その魔法が、

殺した相手のみならず、

掛けた本人のみならず、

まったく関係もない民族までも巻き込み、

後々まで、悪影響を及ぼすと気がついた、

最初の立派な人間です。


それゆえに、十戒は、神が、民を守るために、

魔法を使う人々に与えた、戒めでありました。



そこに書かれる、「人を殺してはいけない」とは、

「魔法を使って」、人を殺してはいけない、という意味なのです。


実際に殺してしまうよりも、

魔法を使って、それをすることが、恐ろしいのです。


日本にも、「人を呪わば穴二つ」、と、

やはり同じ理由によって、古い諺(ことわざ)があります。


「魔法を使って」、人のものを盗んではいけない。

「魔法を使って」、神の名をみだりに呼んではならない、等、

すべてが、魔法に関する意味なのです。


また、魔法にかけられた者たちを守るために、

姦淫してはならない、等。

魔法の領域において起こりうる、

恐ろしい現象を起こさないための、

戒めを表しているのです。


使ってしまうならば、

非常に危険になることについて、

書かれています。



その魔法の歴史の中で、

自然界を愛し、敬い、

心から大切にしたものたちは、

その影響から、魂を守られました。

f0216489_14451692.jpg



樹木さんも、鳥さんも、

聞く耳を持つ人間を見つけるたびに、

彼らに働きかけて、

真実の物語であったり、

生命や魂に、癒しの音楽を伝え、

奏でさせて来ました。



モーツアルトの音楽は、魂と人体の細胞に働きかける、

どこまでも、優しく、転調して行く、

蝶々の振る舞いのように、可憐で、


魔法で歪んでしまった、魂や細胞を、

優しく癒してくれるでしょう。



ベートーヴェンは、目を瞑って聴くと、

白と、黒の、生命の根幹である設計図を清めて、

軽やかなるダンスを、再び生命は踊るでしょう。

それは、背骨のルートを正常に整えてくれるのです。


まるで、骨髄で奏でられたかのような、

深い音楽は、骨や、骨髄を正常にする力を持っています。



バッハは、脳の、特に大脳である大聖堂に響く、

天空、大宇宙の音楽を奏でています。


星の天蓋を癒し、宇宙の法則を守り、

魔法によって、盗られてしまった、

聖なる、頭骸骨の天辺を取り戻し、

再び、神々への領域に、つなげる力を持つのです。

f0216489_14461335.jpg


西洋の、男性性の真髄は、

音楽を奏でること。

音楽こそが、魂の歌声、宇宙へ帰るための、

道しるべでもあるのです。




砂漠の魔術を解くために、

ヨーロッパの人々は、

その境遇を突き抜けて、

ときに、偉人を生み出して、

数多くのすばらしい曲や、

ハーモニーを奏でて来ました。


天使や天上界を求め、彼らは日々努力し、

その魂は、やがて自らの生み出した天上の音楽と一体となるまでに、

自己を高め、極めたがゆえに、天使が掴みとり、

彼らは、助けられた者となったのです。


~ムクドリさんが、愛してやまない、

モーツアルトさんに捧げる。~


f0216489_14465595.jpg




みつ花
[PR]
by kotorihua | 2016-11-05 15:03 | 超古代と遺伝子の病
ハナミズキ
世界から、色や形が盗まれて、

人間は、自然界の生き物と、

言葉が通じなくなってしまっていた。


人間同士、異国の者同士もそうである。


また、もっとも近き存在である、

男女の関係性においてもまた、

深い河が存在するようになった。



東洋の柱である、

太陽の黄金の輝きからは、

赤と青が盗まれて、


西洋の柱では、

虹の七色から、

むらさき色が盗まれた。


そのときから、

鳥や虫は、人間を癒す音色を、

奏でられなくなってしまっていた。


形においては、

東洋の丸と、西洋の四角が抜け落ちて、


太陽や星々、宇宙は、

人間とのつながりを、失っていた。




東洋において、崇高なる「むらさき色」は、

西洋では、狂ってしまった人の領域となっていた。
f0216489_1132141.jpg

(虹の七色から、分光した「むらさき色」。)




カラスさんは、太陽の使い、

森の王、そして神である。


世界に、「聖なる、むらさき」を、取り戻すために、


空即是色 色即是空
f0216489_1134377.jpg

(天空を舞う、今年生まれた双子のカラスさん)


f0216489_11354966.jpg

(彼らが、天空を舞うと、壮大な雲と太陽の光が現れた。)



自然界の生き物は、

世界から失われた、色や形を元に戻すために、

自然界は常に、人間の理解を促すために、

働きかけている。


鳥も、昆虫も、樹木も、

他の多くの小さな生命も、

偉大な、神なる役割を持って、

この地球の自然の環境や、

自然の生み出す、愛を全力で守ろうとしている。


そして、自然を深く愛し、

理解しようと思っている人のことも。


彼らは、幼い子を見守る父や母のように、

自然とともに生きる者を、

常に優しく、全力で守ってくださっている。



むらさきの

永遠に止まることのない恋への焦燥


それが、今の人類がわずらっている

幻の、「むらさきの恋」。


人間の使う、砂漠の魔法によって生じる、

魂と肉体の痛み。



秋から冬の季節に増す、

この悲しみは、人々の中で、

多くの不定愁訴となっている。


深い遺伝子の領域で、

共時カルニキシンが、ペインボディーが、

幻想の恋を、幻想と気づかずに、

今でも、存在しなかった愛を求めて、

毎年、季節とともに泣いているのだと知った。


真実ではないものを、

真実と思ったときに、

共時カルニキシンは生まれる。


遺伝子の中の、平行宇宙の中で、

過去と現在と未来が同時進行をしているのだ。



まぼろしを、まぼろしであると気づくと、

遺伝子や魂は、癒される。


日本という地は、

狂ってしまった恋の波の止まる場所。


自然界の神々に守られる貞節が、

本当の愛を知っているから。


「まぼろし」という、人間の魔法が生み出した、

浅い夢などは見ない。


いろはにほへと・・・、の「いろは歌」は、

これは、古代の日本人の貞節を読んだ歌。


どんなに、夢の中で、美しい姿をして現れても、

私の一生において、そして、

日本人ならば誰でもいつでもそうであると思うけれど、


愛と幻想、静寂と喧騒を越えて、

浅い恋の夢など見ることもなく、

ましてや、それに酔うような、

おろかなことはしないのです。


という歌。



古代の砂漠は、

現代、コンクリートに固められた辺土。


それは、現代の人類の間違った道。


f0216489_11471052.jpg


神であるカラスさんは舞い降りて、

再び、神、自然界へとつなげてくださる。

f0216489_11475011.jpg

(先ほどの、空と光を瞳に映して、

モナリザの瞳にかかった恋の魔法の波を止めるのだ)


日本に桜があるように、

世界の国には、その民族の、

心の拠り所となる、

生命の木の象徴があり、


ここ日本において、ハナミズキは、

西洋との平和を象徴する樹木であり、神である。


ハナミズキは、共時カルニキシンの見せる、

狂った恋の波を止める木である。


本来、その恋の、魂に占める場は、

人間と人間の恋ではなく、

神と人間との恋が、占める場所でした。


人間同士として、出会った男女が、

自然と恋をして、長く連れ添って、

二人が、多くの人生での困難を越える中、


心を律し、成長させ、

心と行動の、清らかさを保つことで、

魂の形態を正常に保つと、

初めて、その男女の光の合一体に、

光の子どもが育って行くのです。


その光の幼子は、

自然界の神々に引き上げられて、

光の中で、慈しまれ、

大事に育てられて、やがて恋をするのです。


それが、人が、天へ生まれる、召されるということ。


物質としての体は三次元にありながら、

末永く、男女、夫婦が、仲良くしながら、

自分たちの未来の体は、

もうすでに、楽園に住んでいる状態となるのです。


遺伝子は、過去、現在、未来の、

平行宇宙を生きています。


未来の自分である、光の幼子が、

楽園である光の世界で、幸せならば、

この三次元の自分たち、現在においても、

人は、楽園で生きているように、

とても幸せに生きれるものなのです。



多くの人は、その楽園の境地を、

超古代の、幸せで平和な状態を、

魂深く、遺伝子の深くで、知っているがゆえに、

その状態へ、いつか戻りたいという、

望郷の念、帰郷の念、

そして、光の恋への憧れがあるものなのです。


だからこそ、人々は、それを、

現実に起こる恋の中に、

あるいは、奇跡の血筋の中にあるのではないかと、

あこがれいづるように求めて彷徨い、



かなわずに、恋から、次の恋へと、

終わりのない、三次元と辺土の旅をしています。


男女の努力である、心の光、

神が大切に育てるべき心に住まう光の子を、

人間が、魔法の恋によって盗ってしまったら、


発生のすべてにおいて、

不都合な波が存在してしまうのです。




波止場(ハトバ)と、鳩(ハト)と。


日本の港のことを、少し古い言葉で、

波止場(ハトバ)ともいいます。


そこは、波を止める場所。


異国から来た人々が、古代、

初めて踏みしめたであろう、

神々の住まう、憧れと望郷の日本の大地。


遺伝子の紡ぐ、古い伝説の中で、

鳩が、初めて荒地から、

オリーブの実を持ち帰ったその実は、


私が、この数年間、

日本の大自然の神々とともに、魂の中の、

西洋の領域を旅した、オリーブの実と同じもの。


魂の中の荒地に、

魂の実りが結ばれたことを象徴している。



カラスさんは、

日本において、西洋との平和を象徴する、

このハナミズキさんの上に、


コンクリートの道から、ふわりと舞い上がると、

ゆっくりと、ハナミズキの実を、

召し上がってくださいました。
f0216489_11543620.jpg

(瞳には、再び、私の姿を映してくださる。)


このあたりに住まうカラスさんが、

ハナミズキの実を、このように、

すぐそばまで、わざわざ来てくださって、

召し上がってくださるお姿は、

私も、生まれて初めて拝見したことでした。


それは、神が行う、

本当の、癒しと救い。


カラスさんは、このハナミズキの木に止まって

実を食べることで、

西洋で、現代社会に埋没して、

苦しみながら生きている人々も、

現代の歪んだあり方に、

染まって生きている地球の多くの人々のことも、


カラスさんを愛し、真に理解し、尊敬し、

自然とともに生きるならば、


そのような人々の上にも必ず、

救いはあるのだと、

伝えてくださっているのです。


みつ花
[PR]
by kotorihua | 2016-10-26 12:20 | 超古代と遺伝子の病
ミストラル
f0216489_8555518.jpg

住宅街の、オリーブの木が、

ある年の新年の日に、初めて私に話しかけてくれた言葉は、

「ミストラル」という言葉でした。


それまでは、自然界のなかでも、

特に、外来の植物さんとは、心が通じてはいても、

彼らはいつも静かで、静謐でいらっしゃり、

このように直接言葉として、

何かを発してくれたことはなかったので、

とても嬉しく、何かが始まる期待感でいっぱいでした。


後に知ったことですが、西洋に伝わる樹木の伝説では、

オリーブの木は、異国の民族と民族をつなげるという、

不思議な神の御力をもっているそうです。


私は、そのころよりもずいぶんと前に、

日本では、ツワブキという植物さん、

外来種では、ナスタチウムというハーブさんが、

蘇りと、永遠の生命を、

魂に与えてくださる植物であることを知っていました。


遺伝子の領域では、DNAの二重螺旋状に、

人体の柱を伸びてゆき、遺伝子の、

蛇の領域にかけられた災いを解き、

人間の苦しみを癒してくださることを知っていましたので、


西洋種である、オリーブの樹木さんが、

語りかけてくださることは、本当に、日々がんばっていることが、

自然界に認められたことであると、とても嬉しく思ったのでした。


「ミストラル」という言葉を、当時、調べてみますと、

フランスの南東部の海に、北から吹きつける、

冷たい風、嵐のこと。


私は、当時、なかなか消えることのなかった、

人類にかかった災いである、共時カルニキシンに、

夢の中で悩まされていたので、


きっと、地球というのは、東西に別れていはいても、

何かつながった、何か共通の人類の災いを解く、

鍵があるに違いないと、感じたのでした。



その後、オリーブの木さんから、

西洋の心と、東洋の心を繋ぐ架け橋として、

「六つの、オリーブの実」を、

魂の中にいただいたのでした。


西洋の魂です。


私は、このオリーブの実に乗って、

オリーブ色の、メジロさんたちとともに、

そして、その実は、さまざまな小鳥さんに変化しながら、

本当に楽しく、効果的に、英語を習得し、

西洋の文化の真髄を学ぶことができたのでした。


日本の、「織部焼き」の器の織部という名は、

日本でも、中世の、海外に開かれた時代において、

海外の植物である、オリーブの神々から賜った、

その宝の名に、由来するのだという事実も知りました。


織部焼きの器は、色合いのセンスも、

日本の文化の中には見られないような色で、

斬新さがあります。


それは、海外の自然が生み出す、センスだからなのでしょう。

伝えられている歴史では、知られないような、

深い交流があったのだと思います。


中世においても、海外を知ること、

そして、自分自身の国の特色を豊かにすること、

それによって、平和で、豊かな、

長い、江戸時代が始まったのです。



しかし、せっかく始まった、海外との交流において、

地球の歴史上、異例ともいえる、

江戸時代の鎖国が始まったのは、

古代から、現代にまで続く、

西洋人の抱える魂の問題である、

共時カルニキシンを、日本に蔓延させないための、

日本の魂を守るための、

英断・えいだん(非常に優れたよい決断)だったのです。


当時は、まだ、共時カルニキシンのすべてを、

癒すことのできる、自然界の癒しを、

すべて理解し、受け入れられるほど、

人間の精神も、自然界に対する科学的な深い理解も、

現代ほど、進んでいませんでした。


その様な時代においても、

当時の人々の努力で、深い禅の思想は、

この共時カルニキシンを、癒すべく生みだされたもの。


決して仏教思想ではなく、

日本古来から伝わる、魂の癒しなのです。


そして、私が、現代で英語を学ぶ上で知ったことは、

宗教ですら癒せない、西洋の病、現代文明の病を癒せるのは、

自然界とともに生きること、彼らの存在を真に理解すること。


私は、オリーブの実に乗って旅をして、

本当に西洋人の魂は、人間に解くことはできないような、

恐ろしい痛みと苦しみの中に生きていることを知りました。


彼ら西洋人は、恐ろしい砂漠の魔法から、

命からがら逃げ出して、甘えることなく、

強く生き抜いてきた遺伝子を持っています。


現代、同じ病にかかっている、私たち文明人は、

西洋を断絶するのではなくて、

東洋のよさと、西洋のよさを併せ持つこと。


それによって、共時カルニキシンは、

消えてしまうのだと知りました。


共時カルニキシンを消してしまうこと、

今のスピリチュアルの用語で、共時カルニキシンは、

「ペインボディ」と、呼ばれているそうですが、

自然界の神々である昆虫さんの助けなくしては、

私は、生きて帰れなかったと思います。


超古代の歴史においては、

洋の東西もありませんでした。


自然界から伝えられる、共通の文明を、

平和と幸せと、ともに生きていました。


人類には、お互いに戦うための、

武器すらありませんでした。



神々である小鳥さんは、人類がもうそろそろ、

自然を尊敬し、昆虫さんたちに敬意を払い、

彼らの真の、非物質的な神々の働きを、

精神と魂で理解するときであることを、

告げてくださっています。


みつ花
[PR]
by kotorihua | 2016-10-22 12:26 | 超古代と遺伝子の病



古えの奥義・天の鳥船と伝説の小鳥たち
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31