カテゴリ:古今伝授( 86 )
「うぐいす」~魔法を解く力~ 27
自然界の小鳥の雛さんたちは、

数日ほど前から、巣立ちをはじめるようになりました。


大きな姿の、ツバメさんの夫婦に混ざって、

一羽の小さなツバメさんが、住宅街へ、

飛行訓練をかねて、挨拶に来てくださいます。

雛さんなのだとわかります。


森でも、数組のツバメさんの番(つがい)に混ざって、

日に日に、飛ぶことが上手になってゆく雛さんたちが、

縦横無尽に、気持ちよく頭上を飛び交うのです。



先日は、カラスさんが、たくさんのカップルたちの、

雛さんを集めて、飛行訓練を行い、

今日は、電線の上に上手にとまれるようになったばかりの、

かわいいカラスの雛さんを、我が家の前で、

お披露目してくださいました。


雛さんの、あどけない瞳と、

まだ生えそろったばかりの、

漆黒の美しいふさふさの羽が、

心に優しい気持ちを、発生させてくれるのです。


今、栗の花の、まろやかな香りが広がっている、

すばらしい森でも、森のカラスさんの雛さんを、

お披露目してくださいました。


足首にいたるまで、まだ、つややかな漆黒に輝いています。

彼らのあどけない、純粋無垢な振る舞いに、

一回り、小さなつくりの、かわいらしいお姿に、

心が解(ほど)けて、私は、昔の私に戻ったようです。


人口的な障害物をよけて、雛さんのいらっしゃる脇を、

通り過ぎざま、雛さんのおそばには、

キジバトさんがいらっしゃることに気がつきました。


小鳥さんに出会い初めのころの森でも、

キジバトさんがいらっしゃると、安心して、

森の小鳥さんたちが、友となってくださったように、

今は、心から信頼し、安心して、

雛さんを、披露してくださることがわかります。


小鳥さんの雛さんは、年々、勇敢になってゆくようで、

私に近く、近づいてくださるようです。


また、いつものクワの木では、

たずねてゆくと、スズメさんの雛さんが、

クワの木に飛び込んできてくださり、

もうすぐ、手が届くかのようなところで、

声無き何かをさえずりながら、私に優しく、

お話をしてくださるのです。


スズメさんは、雛さんに、人間がいてもじっとしていることを、

辛抱することや、待機することを学ばせて、

彼らの胆(たん)(忍耐力など)を鍛えます。


この雛さんは、親鳥が足しげく運んでいた、

このクワの実をたくさん食べて育ち、

クワさんを御親として、感謝を伝えにやってきたのだそうです。


また、昨日は、自宅の庭の、ヒヨドリさんの第一便の雛さんが、

巣立ちを迎えたようで、夕方の涼しい庭で、

優しくさえずり、私を呼んでくださったのでした。


みな、どの雛さんも、それぞれに、

人が思うよりも、短時間で、飛ぶことを習得します。


そしてまた、自然界の小鳥さんたちは、

次の卵の訪れの準備に、みな余念が無いのです。


その、番(つがい)の小鳥さんたちの、

巣材を集めるときの、優しく、幸せいっぱいの波動が、

それを、こちらにも、届けてくださる、

幸せの羽ばたきが、オーラに触れるまで近く、

私の心や魂を、深く癒してくださるのです。



みつ花







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by kotorihua | 2018-05-30 09:15 | 古今伝授
「うぐいす」~魔法を解く力~ 26
蜂さんの救い、蝶々さんの救い。


ある日、森の入り口の、白いみずきの小花の上で、

クマ蜂さんが、倍音を奏でるカリブの聖なる打楽器、

スティール・パン(ドラム)を奏でているかのような、


あるいは、神秘的な音色の、グラスハープを奏でているような、

振る舞いをなさり、小花の花粉や、ある種の酵素を、

まるで、音楽を奏でるかのように、集めていらっしゃいました。


すると、それに呼応するように、

森の中の木々の葉陰から、無数の、何十羽もの、

白い蝶々さんたちが、やさしい羽ばたきで現れ、

幻想的な、白い霞みたなびく早朝の森の中を、

静かに舞ってくださったのでした。



一羽の蝶々さんが、私の胸の前に飛んできてくださり、

その、白い蝶々さんに迎えられ、

森の奥へと招待されるのです。



今朝はまた、裏庭の紫色の花々が、

日の出とともに、一斉に開花するのを、

日本ミツバチさんの番(つがい)が、

楽しそうに、忙しそうに、一輪、一輪の蜜を集め、

花粉を足に集めていらっしゃいます。


その、周波数の高い、羽音とともに、

今結ばれた、小さな花々の、エリクシールや、愛の輝きが、

私をいつまでもそこに、惹きつけているのです。


つづく


みつ花





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by kotorihua | 2018-05-29 07:11 | 古今伝授
「うぐいす」~魔法を解く力~ 25
魔法のスパイス。

作ったレシピ、お料理を、

魂の領域に飛翔させ、自然界の神々に癒していただくためには、

ある種の、スパイスを使用して、お料理を作ることが、

もっとも大切です。


その一品に、スパイスを加えなかったら、

お料理は、天を飛ばない可能性すらあります。



日本にも、素晴らしいスパイスがあります。

山椒などは、非常に飛翔の力があり、

たけのこ料理のように、天に伸びる力を持っている食材と、

粉山椒を味の仕上げとして、組み合わせると、

健康のために、精神の賦活のために、非常に効果を発揮します。


子供さんへは、たけのこ自体が、まだ刺激物なので、

食べ物というのは、子供の成長に合わせて、

また、大人であっても、好き嫌いに合わせて、

少しずつ、量を増やしたり、味付けのしかたや、

火の加え方に、工夫が必要です。


スパイスについても、ある程度の年齢になってから、

カレーライスなど、なんでも一通り食べられるようになってから、

様子をよく見つつ、少量から加えます。


また、このような細心の配慮や、

家族の味覚の好みに合わせて、成長にあわせて、

時には二種類の味付けを用意することが必要なときも、

根気よく対応することは、何よりも自分自身の学びや、

心の耐久力につながってくることなので、

手間のかかる煩わしさを、避けて通るべきではありません。


そして徐々に、同じ味の方向性につなげてゆくように、

さまざまな食に関する話などを、日々伝えてあげることは、

本当に魂や心の糧になり、幸せになるための、

重要な鍵なのです。




また、インドの魔法のスパイス、カルダモンも、

山椒同様に、種の部位でありながら、

魂の飛翔のために、魔法の力を発揮します。


卵料理や、牛乳を使った料理などに、

少量加えるだけで、食材が魔法の力を発揮するのです。




また、史上最古の作物といわれている、フェンネルは、

季節は、春に多めに使うと、

自然界が、このフェンネルの香りから生まれる、

飛翔の力を使って、健康のために、魂の癒しのために、

大いなる働きかけができるようになるのだそうです。


パンケーキや、パンなどには単体で、

つまり加えるスパイスを、ひとつに絞って、

春は、(一月の半ばぐらいから)

フェンネルを少し多めに加えてつくります。


そもそも、パンケーキ、ホットケーキは、

小鳥さんが伝えてくださることには、

魂を天空に飛翔させる力を持つ、魔法の食べ物なのだそうです。


これは、本当に手作りで、粉を混ぜたり、

ミルクを温めたり、卵を根気よく泡立てたりする作業や、

フライパンで、じっくりと火を通してゆく、一連の作業が、

天空へ飛ぶための力を持つようになります。



西洋では、古い太陽信仰の名残で、

太陽のよみがえりのために、食べられていたのだそうです。

お供え物が、オレンジ、というのも非常に興味深いです。


また、酵母を起こして、パンを焼くことは、

魔法によって失ってしまった神体を、

再び形成するために、酵母が発酵するのを待ったり、

生地を膨らまして焼きあげたり、することで、

再び清らかな神体である、光の衣を生成する力を持つのだそうです。


まるでアンパンマンのお話のようですが、

これは、魂の領域で、失われた原子を、

食材によって、自然界の神様に補っていただく、

神聖な作業なのだそうです。


また、穀物や、スパイスは、自然界が与えてくださる、

貴重な恵みです。


決して欲張ることなく、常に感謝の気持ちをもって作り、

感謝の気持ちをもっていただくことが何よりも重要です。


これらは、種であるがゆえに、

感謝がなければ、重みを持ったものとなって、

逆効果になってしまうのです。


スパイスの宝庫であるインドの人々は、

スパイスを多用するからこそ、

それらの扱いには、多くの警告があり、

非常に注意を払っていますし、日々、感謝の祈りをささげています。


日本人は、まだ、多くのスパイスに慣れてはいませんが、

常に食材に対して、感謝をささげる習慣を持つこと、

自然界に対して謙虚であることを、忘れないでください。


つづく


みつ花





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by kotorihua | 2018-05-27 13:42 | 古今伝授
「うぐいす」~魔法を解く力~ 24
お屠蘇と本味醂、マデイラワインは、

魔術を解くための、自然界が下さる魔法の力を持っています。


現代の人が、陥ってしまっている、

思い込み、それが生み出す邪気を祓うことに効果があります。



お屠蘇というのは、お正月にいただくおせち料理の前に、

食前酒のように、あるいは、厳かな儀式のように、

感謝の気持ちでいただきます。


お屠蘇をいただくのは、年に一度のお正月の二日間だけですが、

マデイラワインは、毎日のように、用いることができます。


ただし、飲用を常用するのではなく、

本味醂の代用として、料理に加えて用いることでこそ、

魔法の効果が高まるのです。


本来、薬膳や漢方的な概念では、

大人が一日のうちで、摂取して良い、

健康的なアルコールの分量は、日本酒のようなもので、

おおよ大匙一杯分(15cc)といわれています。



つまり、古くからあるように、

盃(さかずき)一杯分、

自然界から与えられるお酒が、良薬になる適量なのです。


自然界の恵みが、たくさんの葡萄さんや、穀物や果実さんが、

高価なアルコールという価値あるものを生み出していることを、

人は、決して忘れてはいけないのです。


本来、自然の恵みは、人間だけのものではなく、小鳥さんや、

小さな生き物さんたちの貴重な糧であるということを、

決して忘れてはいけないのです。


これらワインを増産するために、

自然が破壊されるのは、もってのほか、

すぐに魔法の力は消えてしまうのです。


魔法の働きは、自然界が生み出しているからこそ、

心の持ち方に、魔法の力は反映できることを忘れてはいけません。



なので、料理には、家族分の鍋に、レシピに合わせて、

おおよそ大匙1から3杯ぐらいを、

目安として、念頭に入れて、使用してください。


もし機会があれは、このおおよその分量を念頭に置きつつ、

レシピを展開していったものを、ご紹介できれば良いと思います。


自然界が、小さなスプーン一杯まで、食材に愛と感謝をこめて、

指導してくださった、心のこもったレシピなのです。

それらが、魔法を解いてくれたのです。


さらに詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
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by kotorihua | 2018-05-26 14:49 | 古今伝授
「うぐいす」~魔法を解く力~ 23
魂は、自然界とともに、世界中を旅しています。

魂の成長のために、異国の、異世界や、

自然界へ旅することもあれば、

古い魔法が解かれるときにも、

異国の聖地などへ連れて行っていただき、

滞りを解かれることがあるのです。


そのときに大切なことは、日中に、

よい一日を過ごすことを常に心がけることによって、

その意識の世界で、よい旅ができるのです。


意識にとらわれがなければ、すんなりと、

光となって、通り過ぎてゆくことができるのです。



あるとき、酸化鉄の苦しみが解かれるときがありました。


その日は、大自然や、素晴らしい母なる太陽の働き、

雲さんの偉大な力、

それらに深く感謝をした日だったのでした。


そのときには、夢の中で、オーストラリアの、

エアーズロックの上に、巨大な姿となって、

一瞬、漂ったのでした。


あるときは、南の島々の、

花の上に、意識として、輝いていたことがあります。

光の色の世界だけの、美しい輝きの中に、

存在していたのです。

その島へ旅していた小鳥さんたちと、

私の魂も、一緒に旅をしていたのでした。


また、あるときは、ヨーロッパの街路樹の上に、

樹木の上の、小さな花々の上に、

ほんのひと時、漂っていました。


たくさんの通行人が見えて、

携帯電話の透明な電磁波が、線のように、

通行する人々の上につながっていて、ある人は、

携帯電話で、お話をしているのです。


着ている服装や、ネクタイのようなものまでも、

一瞬で鮮明に見えると、後はまたすぐに、

花々の輝きになって、光の中に入ってしまいます。

特徴的な構造物から、そこがどこの国であったのか、

ということも、一瞬でわかったのでした。



また、韓国の深い洞窟の中にも、

つながっているルートがあり、

台湾の、特殊でありながら、

どこにでもある建造物の上にも。

中国の天山山脈にも、以前、漂ったことがあるのです。


意を持てば、その世界に入ってしまうような、

そのような世界を、自然界に守られながら、

朝、日本で目を覚ますのです。


世界中の国は、みなつながっていて、ペルーにも、

ブラジルにも、フランスや、エジプトにも、

イギリスにも、オランダにも、

旅をしたことがあるのです。



不思議なのは、インドから先は、砂漠を超えて、

一瞬でイギリスに入ってしまうこと。


自然界は、自然界のある場所を経由して、

安全に旅をすることを選んでいるようです。


自然界には、分け隔ても、優劣もありません。

どの国にも、尊重や、尊敬をお互いの心に持ち、

そうすることで、その国の自然界の恵みや癒しを、

体験させていただけるのです。


心が広ければ、広いほど、

自然界による癒しの働きかけは、比例して強さを増し、

自然と、自然界を通して交換されてゆきます。


それをブロックしてしまうのは、

自分自身の心なのです。


奪おうとすると、癒しを受けようとすると、

かえって大切な何かを損ねてしまうのです。


どんな地域の植物にも、どんな地域の民族の得た知恵にも、

深い自然界がかかわっていることを知ることは大切なのです。


人の世界は、重く、難しいものがあるので、

あえて何も考えたり、ネットなどで調べないように注意しています。

電気的な、電磁波ではなく、

すべてを、軽やかな自然界にゆだねるのです。


そうすると、浮力を持って、

囚われから外れるのです。



旅をして託される世界、それは、

世界中で、聖地と呼ばれるゆえんであります。

普段は、自然界の神々が、つかさどっているところなのです。


一瞬、癒しのために、そこを使わせていただけたのだと、

深く、感謝をしているのです。

実際に、そこを訪ねなくてもいいのです。


自分の心が、その土地の自然界にかなうものであるとき、

初めてその領域を、意識や魂で旅ができる許可を得られるのです。

あるいは、国籍をいただくことも可能なのです。

すべては、自然界の神々が決めていらっしゃることなのです。



それらすべての一連の心がけの、結果のようなものが、

実際に、現実でいただく食事によって、

魔法を解いたり、魂を癒したりすることにつながっています。


神々の自然界の領域からの、本当の魔法の働きかけという、

不可思議な力を、体験させていただける秘訣なのです。



夢の中を意識で旅をするのは、

まるで、荘子の「胡蝶の夢」の故事のようです。

荘子は、人生、人間荘子であったのか、

胡蝶である蝶であったのか、どちらかわからない、

と言っています。

そしてどちらであっても良いと、述べています。


そして今の私も、数年前の自分とは違って、

本当に荘子と同じように、思えるのです。


人間は、人間として生きていながら、

常に100パーセント、

純粋な自分でいることができる時間というのは、

限られて生きている人が、多いのではないでしょうか。


いつもテレビをつけていれば、

テレビの流れる潜在意識に流されて、

一般大衆となって、一つの流れの意識を持った、

磁界に生きる生き物になります。

宮沢賢治も、そこから逃れることのむつかしさを、

絵に描いています



テレビ、ラジオ、どの番組であろうと、

それは、100パーセントピュアな状態ではなく、

別の流れを持つようになるのです。


様々な精神論を唱える教義があれば、そこに同調し、

本当の自分というもの、自然に即していた生命を、

どこかに忘れてしまう。

そうして、何も思い出せなくなってゆくのです。


人間的な何かを学んだら、手放すこと、

そうして、自然界の声を聴くことを、

再び思い出す必要があります。


ゆがんだ概念は、黒い磁界となって、大気に存在しますが、

自然界の振る舞いに耳を傾け、空を会得すると、

その磁界は、すっと消えてゆくのです。


100パーセント、自分に戻るとき、

家族も、100パーセント同じ心を取り戻しているとき、

それは、そこに愛が戻るときなのです。


そして、インドから先の砂漠地帯、

そこには、豊かな草原と、たくさんの馬の群れが見えます。

砂漠が、豊かな森と自然で恵まれていたころ、

地球は、一つとなって、一丸(いちがん)となって、


(一丸という言葉に残されているように、

日本には、そし世界中どこでも昔は、

地球は丸かったことを、すでに知っていた歴史があるのです。)


東西という概念ではなく、すべてが白一色の時代があったのです。


つづく


みつ花





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by kotorihua | 2018-05-23 14:11 | 古今伝授
「うぐいす」~魔法を解く力~ 22
一昨日、昼間の森へ行くと、日中の高い位置の日の光を受けて、

森のこずえから差し込む一条の光が、

緑濃くなった木の葉に受け止められて、

輝いていました。


まるで、葉の上に、明るい緑色の、神様の光が、精霊の光が、

乗っているようで、燃えるように輝いました。

光輝を放っているのその葉は、

その輝く光が何であるかを見るようにと、伝えてくださいます。


イメージは、永遠性、葉緑素のように、

光を食することによって、小食でいられること。


人も、自然への愛と理解と、感謝が深まると、

仙人のように、小食であっても、生きてゆけるのだと思います。


今は、その過渡期なのだと思います。



いつか人も、野に出でて、小鳥さんや、昆虫さんや、

自然界の生き物たちと一緒に、

心穏やかに、良い仕事を完成させることができるのです。



その時に、外なるお日様の光と、


目に映る青葉の光は、小食でいられるための、不思議な力を持っています。

その、光と物質の、仲介いをするものに、


イメージとして浮かぶ言葉は、


ウマシアシカビというのがあります。



白カビ、青カビ


これらは神様であると自然界は教えてくださいます。


本当に心から尊敬して、感謝することが大切なのです。



白カビの一種は、納豆菌として知られているように、


日本の健康食である納豆や、カマンベールチーズを生み出し、


青カビの一種は、ブルーチーズの生成に用いられています。


フランスのロックフォールチーズや、イギリスのスティルトン、


イタリアのゴルゴンゾーラなどが有名です。



これらの納豆を含めて、青カビチーズの起源は、もともと、


魔術を解くために、作られるようになったもの。


それぞれの国の、魔術の流行の起源と、ほぼ一致するのです。




フランスのロックフォールチーズ、

イギリスのスティルトンチーズ、


これらは神様の領域につながるので、特に感謝が必要で、


臭がってしまうことすら、注意されました。


そして、この二種については、出来るだけ、


生食で食べることがおすすめなのだそうです。



特に、イギリスのスティルトンチーズについては、


ブランドにもよりますが、精霊さんと、話もできるのです。

しかし、余った分などを、加熱料理に加えてしまってからは、


しばらくの間、精霊さんと、対話ができなくなってしまうのです。


なぜなら、これらは、体のために食べるものではないのです。


もちろん体の為にもなりますが、このブルーチーズは、


家の周りに住まう、生き物さんたちのために、


食べてあげるべきのもの。


小さな生き物の彼らが、チーズの精霊さんと協力をして、


人間をはじめとする生命体や、


魂を守るために働いて下さっているのです。



小さな生き物に、直接チーズをあげてしまうのではなく、


人間が食した、食べ物の気の流れを頼りにして、


彼らは精妙に神なる働きを、ふるまって下さるのです。



このように、得に、精霊さんと対話のできる食べ物を、


仙気の強い食べ物、と表現します。



野の小さな生き物に、自然界の生き物に、


直接食べ物を上げてしまうと、


暴走につながりかねません。


彼らは、食べ物を自分で見つける力を持ちます。




青カビチーズを食するときに、大切なのは、


単体で、体内に取り入れるのではなく、


クラッカーのように、穀物類も一緒に取ること。



単体でいただくよりも、より効果があります。


夜寝る前に、カナッペのようにして、


指の先の大きさほどの、ほんの一片ほどを食します。



初夏のころは、樹木さんの青葉の光を見ることで、


カビさんの働きを助けるための、何らかの力が生成されます。


日に当たることで、ビタミンDが体内で生成されるように、


青葉を写す光にもまた、何らかの、


不思議な働きを醸す力があるのです。


それが、体や、自然界との仲介を司る生き物を助け、


カビさんの働きを、最大限に引き出しているのです。



冬には、この初夏の日差しの不思議な力が弱まるので、


また、別の仲介い役を受け持ってくださる、


栄養や養分が必要となります。


それはまた、別の機会にお話ししたいと思います。

つづく

みつ花



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by kotorihua | 2018-05-22 07:57 | 古今伝授
「うぐいす」~魔法を解く力~ 21
芸は身を助く


小鳥さんに、学んだレシピを作るうえで、

とても大切なのは、その作る過程の振る舞いに、

小鳥さんたち神々が、乗ってくださること。


神の操る糸に素直に従えるからこそ、

魔法を解くレシピは、作られます。


人間世界の繰り出す、意図的な糸がほどかれながら、

神の糸に守られて、神の糸へと繋がってゆくこと。


芸というのは、教則本のようなものはなく、

毎日の、日々の繰り返しや、

そのいくつもの動作の重なりによって、

体や、脳や、心に、自然としみ込んで、

やがて、自然な振る舞いというものを、会得してゆきます。


振る舞いに、人為が重なれば、それは重くなり、

天が重なれば、それはとても軽やかなものになります。


その軽やかさが、重力を超えるカギであり、

神々は、魚を釣り上げるように簡単に人を天の領域に召し上げます。

作らせていただけたレシピも、天界である神の領域に届くのです。



お手伝いをしっかりとしていた子供時代、

厳しさと優しさの中で、

心の規律のような、凛としたものを得ることが出来たら、

それだけで十分に、幸せになる鍵を与えられていると思います。


一つ、行動が指針としてわかりやすいのですが、

冷蔵庫を無意識に開けてしまう行為を、

自分や子供が、なにげなくしてしまうとしたら、

それは、心に凛としたものが、まだ形成されていない、

危険な段階であることの指針になります。


脳内の何らかの概念が、人間の領域の連鎖に、

からめとられやすい状態を表しているのです。


冷蔵庫を開ける行為は、食欲や人間の行動の暴走、

感情の暴走などと、密接につながります。


お手伝いをしっかりとさせられていた子供時代。

お米を研ぐことから始まったのですが、


お米を研ぐという一連の動作にも、上達において、

無数の段階があるものです。


お水がきれいになるまで、お米を毎日、

奇麗に洗えるようになってくると、

ある日、母は、濁りのお水が少し残っていた方が、

風味があっておいしいということを教えてくれました。


白濁は、汚れとは違うのだという概念を、

母はその時私に教えてくれたのです。


今までのやり方が、完璧からずれていたことを知るのは、

子供の私にとって、とても悲しかったことを覚えています。


それでも母は、優しく、根気よく、丁寧に、

どのくらいの白濁を残して研ぐのかということを、

実践して、教えてくれました。


その時に、昔は精米も機械ではなかったころは、

お米の表面を、包丁の刃を滑らかに整えるかのように洗うので、

研ぐという言い方をすることや、


濁りの強いお水を、お米が吸いやすいので、

素早く流してしまわないといけないこと。


お米がこぼれてしまうことのなかにも、

心が表れていることを知るようになります。


また、やがて、お米の白濁した水の上に、

虹色をした、米糠の油分が浮かんでいことにも気がつくようになり、

それは繊細な旨味となり、お米が炊き上がった時の輝きに、

変わる大切なものだということに、気がつくようになりました。


大人になった今では、レシピに合わせて、

何通りもの、お米の研ぎ方をしています。

それも、無意識にそうしているのです。


大切なことは、日々の積み重ねと、その中で、

どれだけのことに気がついてゆくか、


そして、お水の大切さや、食べ物の大切さ、それらが、

この生命の仕組みの中で、どのようにめぐってゆくのかを知り、


そのことに深い感謝を、自然と心から持てるという、

その凛とした意識を、形成できるかということが、

お手伝いということが、やがて、生きることへ、

そして、天へ帰るために、とても重要なカギとなっているのです。

つづく


みつ花




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by kotorihua | 2018-05-21 07:30 | 古今伝授
「うぐいす」~魔法を解く力~ 20
守り神としての振る舞いをしてくださっている生き物さんたち。

魔法の領域というのは、黒いもやが、人体の周りに漂い始めるとき、

それが、体内で活動したり、体外へ出て、なお、

黒い線のように、魂をからめとろうとふるまう。


その、大変な時に、その黒いものを、

寄せ付けないようにしてくださっているのが、

自然界につながって存在している生き物さんたちである。


特に、夜、小さな個体である生き物さんの神なる働きには、

目を見張るものがある。


魔法が解けるときというのは、

実は、人間のカルマのような成分から自由となっているので、

小さな生き物さんたちに敬意を持っていると、

どんな時も、ありがたいことなのだという、

原理や仕組みがわかるので、

この地上の全ての生き物に、深い愛が生まれるのである。


そして、季節によって起こる不定愁訴のようなものまでも、

きれいさっぱりと、

なくなってしまっていることに気がつくのである。


時に、人々の中には、その小さき生き物である救い主を、

嫌悪してしまう話を聞いたりする。


嫌な音を立てて追い払おうとしたり、

どこかへ行ってしまうまでに、必要に追いかけたりする。


しかし、彼ら小さき生き物たちは、

まだ魔法に囚われていない段階の、感情の影や曇りに反応している。


これは、家族内での出来事にあらわれやすい、

例えば、腹の虫がおさまらない、虫が好かない、

潔癖症、心配性というような病気ではない状態の、

未病のようなもの、これらが、カルマの成分でありそれを、

駆除しようとしてくださっているのである。


だから追い払わずに、静かに過ぎ去るのを待つことが大切なのである。

あるいは、静かに、愛をもって見守っている。



スノーホワイト、五月の雪・油桐花、水木の白い花

シャガ、ジャガいもの花、無数の白い胡蝶の舞。


天空の恋人たちの魂が、再び出会える時、

白い花が、白い胡蝶が舞うがごく咲くように。

白い胡蝶が、天空の城を、再び形成するが如く舞うように。


遺伝子の修復のために、

自然界が与えてくださった神々。


いつの時代の魔法かもわからないから、

現代の人々は、慣性の法則のように、

その振る舞いの円環の中に、洗濯機の中に、

閉じ込められたまま、出られないでいるかのようである。


どんなに素朴な教えをまもっても、

一筋縄ではいかない魔法があるのだという。


熱にうなされたとき、たった一杯のお水を求めても、

それが怒りでかえってきたときには、

人は、渇きのために死んでしまうのではなく、

絶望のために死んでしまうのだ、

と教えられたことがある。



その不条理ともいえる古の魔法が解かれるために、

希望を伝えるために、

自然界は、花や鳥の役割とともに、

蝉や蝶や蜂に託し、

様々な小さき生き物たちに託し、成し遂げるのだ。


どんな小さな昆虫さんでさえも、

偉大な力を秘めて、発揮して、そこに存在している。


つづく

みつ花



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by kotorihua | 2018-05-20 08:09 | 古今伝授
「うぐいす」~魔法を解く力~ 19
魔法を解くためには、食べ物には順序があります。

隣国中国や台湾などでは、魔法、つまり道教の中に、

さまざまな方術、呪詛があるがゆえに、

また、それを解くために編み出された、多くの食べ物があります。


中でも、唐辛子は、スパイスのひとつですが、

日本においても、一味唐辛子、七味唐辛子と、

これは確か、どこかに参拝した折に、お土産として求めるものですが、

その理由は、食によって、体内から魔法を解くことで、

健康になることを、願っていたことが理由です。



自然でいるならば、口にしたいとき、それは必要性があって、

求めること、なので問題はありません。


しかし、魔法を解くために食べるという行動によって行うと、

逆の効果を生みかねないのです。


敵対する概念、嫌悪感や、恨みの気持ち、恐れなどから、

その、黒いもやもやとしたものを、

取り除こうとするのでは、反作用として跳ね返ってくる、

球技のゲームのように、終わりがないのです。


漢方薬や生薬、スパイスや、日常の食べ物まで、

感謝を持っていただくことで、

この、自然界の食べ物に、自然に働きかけてもらいことが大切なのです。


免疫の中の、白血球さんが、体内の毒素を召し上がるときでさえも、

それは、無為自然であり、おいしい、ありがたい、という気持ちで、

無心でいただいてくださるからこそ、無為自然だからこそ、

その黒い電磁波のような、酸化鉄の領域は、

何の反作用も受けずに、静かに消えてゆくことができます。


時に、黒いもやは、拡散して粒子の姿をとって、

体中をめぐり、意識や心、潜在意識に進出して

さまざまな想念となったり、自分のものではない感情として、

あらわれることがあります。



そのときには、常に崇高な気持ちでいること。

自然界といったいの気持ちでいること。

自然界を、神であると思うことによって、

その、自然である、免疫の機能の神なる働きを、

MAXまで、引き出すことが可能となるのです。


やがてそのもやは、とらえどころをなくして、

一箇所で塊のようになることがあります。

そのときに、時には、虫さんの姿をとることがあります。


これは、虫さんという形態が、神の働きによって、

黒いもやの暴走を、一箇所に集めて、比較的無害なものにまで、

自然界の作用が及びやすくなるようになるまで、

固めとってくださっていらっしゃるのです。


なので、そのときにその意識に表れる虫の姿を、

怖がって嫌悪したり、打ったり叩いたりしてしまうと、

また再び、とらえどころのないもやのように拡散してしまい、

さらに、コントロールをなくして、暴走してしまうのです。


ただ静かに、見つめていると、

速やかに人体の免疫機能が働き、

その虫さんを体から排除するために、

しかるべきところに誘導したり、

あるいは、白血球などが、無心にそれを食べてくださることで、

その黒いもやというのは、何の反作用もしこりもなく、

病の原因にもならずに、雲散霧消してしまうのです。


生き物が、自然界に食べられるとき、

それは、痛みではないのです。


はじめは、かまれたときの驚きのようなものがやってきて、

その後、神経に食い込み、それがなぜか痛みではなく、

肩こりのような、体のこりを、ぎゅっとつかんで、

マッサージをされているような、感覚になってくるのです。

恍惚になってきます。



なので、食べられることもまた、無為自然で行われる世界であれば、

それは、自然界であっても、体内であっても、免疫であっても、

深い喜びとなって、清らかなものに元素転換されるのです。


魔法が解けるということは、

そのように生命の一連の仕組みに逆らわず、

神の働きである、免疫の流れに任せることがとても大切なのです。


また、自然界への正しい振る舞いをすることが、

体内の免疫の働きを、存分に引き出してくれます。


もし、魔法を解くために、それらの食材を買い占める、

というような行為をしてしまうと、自分自身の内理において、

なんでも集めてきてしまうことが起こってしまうのです。


よいものも、悪いものもわからない状態の、

自分自身の想念が、何でも集めてしまうようになると、

とても怖いのです。

不自然な行為は、不自然なものしか集めないようになっているのです。

正しいとき、与えられたときに、

与えられるまで待つことは、とても大切なのです。


そして、そのときまで、全力で、心がけや、

日々の行動を垣間見て、よく意識の動きを観察することが必要です。


やがて、無為自然という、難しくも、シンプルな振る舞いによって、

すべてが速やかに、静まってくるものなのです。


つづく


みつ花






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by kotorihua | 2018-05-18 07:53 | 古今伝授
「うぐいす」~魔法を解く力~ 18
光、

本当に光は、ただ静かに、

ある時間帯に、樹木さんに宿ります。


まず初めに、朝の陽の光を受けて、

根から水分を吸い上げるのです。


特に春の花を咲かせる高木(こうぼく)の樹木さんは、

水を吸い上げ、先端の枝葉に届くまでに、

時間がかかるものがあります。


しかし、背の低い樹木さんなどは、

比較的早く、水分が行き渡るので、昆虫さんなどは、

その時間帯を見逃しません。

小鳥さんも、朝のさえずりによって、

空間を清らかに波動調整をして、

水分を、清らかな幾何学文様の構造にしているのです。


一方、秋に葉の色づくのを愛でる紅葉さんや、

楓(かえで)さんは、吸い上げた水分を、

節の部位や、風などで折れた枝のあたりから、

樹液として、まるで水道の水が滴っているように、

春の朝、まだ食べ物が少ない時期に、

生き物たちに、栄養を届けているのです。


自然とそこに生息をしたものは、

一本の樹木でさえ、多くの実りをもたらします。


そこに、小鳥さんや自然の小さな生き物さんたち、

皆で分け合っても、食べきれないほどの実は、

人間が、食べることを許していただいて、

与えられるものがあります。


そして、その土地の人でも食べきれないものは、

木の実してそのまま、あるいは干したりして、

また、ドライフルーツを作り、保存して利用したり、

更にそれを余剰のものとして、交易をするようになりました。


寒い地区に育つ、メイプルシロップも、

大風などで、折れた部位から、樹液を生み出し、

土地の生き物がそれで養われ、また、大地そのものにも、

そのままにしておくことで、栄養が注がれ、

その地区の人は、与えられた分のみを、

余剰のものとして、交換する価値のあるものとして、

地上で交易をさせることを許されるのです。


このような、果物や樹液によるシロップは、

はちみつ採集をするよりも、もっと、

自然界に愛される甘味の取り方だったのです。


日本人は、干柿を作りました。

それを甘味として、交易をしました。


銀杏や、栗の木、椎の実、どんぐり、

それらの豊かな恵みを、地上の皆で分かち合う喜びがあるのです。


その、何にも負担のかからない、愛によって成り立つ食べ物、

それが、魔法を解く力を持つ食べ物、力をそなているのです。


人間が考え知ることのできる、実証や、物証としての歴史、

世界でも、日本でも1万年前から、8000年ぐらいの昔、

人間にとっては、そのバランスの良いと思われる時代でさえ、

実は、もう自然界から切り離された文化が始まりつつありました。


特定の植物を、集めて栽培すること、

それは自然のバランスを壊しやすいものにしてしまいます。


本来は、その樹木さんのある産地へ訪ねて、

運ぶ人間という仕事を与えられたり、届けるという、

自然な交易が生まれることが、地球にとっては、

負担の少ない生産となります。


インドや、アジアのスパイス、中国の漢方薬や、

日本の生薬それらは、最も良質なものを生み出す気候や、

力を生み出している土地柄のものが、

魔法を解く大きな力となっているのです。



はるか遠い古代、

日本では、鮭が取れると、塩漬けにして、

それらは全国各地へ配られました。

ほんの少し前でさえも、お歳暮時の贈り物として、

縁起ものだったのです。


今のような、乱獲や養殖ではなく、

川に上がってきた、自然のものの、一部を、

人間も分けていただいて、更に余剰の生産物として、

多くの地域の人々を養い、遺伝子の魔法を解いていたのです。


アユも、夏には、大量に川に上がってきます。

そのときも、川の流れに逆らって、簗などを作って、

魚を大量に活けとる、という方法ではなく、

一匹づつ採る、釣るというのが、

本当の自然の理にかなったものなのです。


大自然の余剰から生まれたもの、余ったものにこそ、

不思議な力が宿って、だからこそ、一匹でも貴重であり、

それだけで十分であり、アユの卵にしても、半分だけ食し、

あとは、自然界のために感謝をささげて、全部食べずに残す、

という、深い思いやりと、無駄にしないという心が、

地球の生命を、そして巡り巡って、自分自身の肉体の、

DNAのミクロの部位に、

おいなる働きかけを行う力となるのです。


つづく


みつ花




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by kotorihua | 2018-05-16 09:19 | 古今伝授



古えの奥義・天の鳥船と伝説の小鳥たち
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