春はあけぼの ~枕の謎がとけるとき~ 2 'The Mystery of the Pillow Book’
枕草子を、本当に枕の下に敷いたり、

枕元に置くだけで、恐ろしい夢を見なくなる。


いつか、それが必要ではなくなるときまで、

そばに置かれると良いと思います。


夢を通して語られた不思議なラーの世界、マクラ。

そして、草であって、かつての草ではない草の子の話。

二つの魔法を乗り越えた人々の、秘密がここに。


伝わってくる、あやにしき(クオリア)の、透明な領域で、

透明な章だけを選んでみました。




十年ほど前、宮に、天皇の妃として、初めて嫁ぎました頃、

まだ、わずか十四才であった私は、

物のはづかしき事の数知らず、

扱ったことのない珍しい物、

接したことの無い風習が、あまりにもたくさんあり、

何をどうすべきなのか、わからず、


また、夫となるいとことの、「違い」というものも、

まったく知らずに嫁ぎましたので、

それがたいそう悲しくて、

人知れず、涙を流して暮らしていたのでした。


夜々、三尺の、大きな御几帳の後ろに、

伺候していると、うら若き、十才の夫である天皇は、

絵など書いてあるを見せて、手振りなどなさって、

意思疎通をおはかりになさっても、

まったく言葉も、意思も通じないのです。


「これは、とあり、かかり、それが、かれが」など、

片言におっしゃるのです。


遠い異国から取り寄せている、御殿油なので、

髪の毛の筋なども、

遠くからしか拝見できない昼間とは違って、

天使のようにみえて、まぶしく輝いているけれど、

見てはいけない失礼を承知で、

こっそりと、見つめたりしたのでした。


寒さのひどく厳しい季節でしたのですが、

差し出してくださった御手が、

異国の、客家(ハッカ)人であっても、

その御手が、温かくみえるのが、

たいそう匂いたる、庭の、薄紅梅の香りにも重なり、


それはまるで、この国の、自然界の神様も、

「限りなくめでたし。」と、

おっしゃってくださっているようで、


見知らぬ里の人であっても、

心持は、このような優しい人も、

世のなかに、いらっしゃるのかもしれない、と、


その頃は、不思議な呪術によって、

自分の写し玉(魂の光)を見ていることも知らずに、


このような輝く人が、他にもいるなんて、と、

驚くように、以来、二人の仲を、

大切に、お守りいたしてきたのでございます。



それが今は、暁(あかつき)になると、

天皇の私への思いも、すっかり醒めて、

私だけは、以前と変わることなく、

翼ある天使を愛しているのだと、

想をよせておりますのに、


もっとも寒い時間帯に、天皇は、

早く自室へ帰れ、と、急がすのでございます。


男女の愛というのは、

そういうものなのでしょうか。


逢瀬の後の天使、

おなかの赤ちゃんも、もう少しおそばに、と、

おおせられるので、どうして天使の言葉を、

私が、そむくことなどできましょう。と、

そのまま、天皇のおそばに臥していると、


天皇と言葉の良く通じ合う、いつもの白拍子も、

ここへはこれず、女官どもがやってきて、

「天皇をお放しなさいなど」言っているのだという、

私に付きそう女房(通訳)との交わす言葉を、


「まな(真名)」と、仰せられて、

私たちを、ひどくののしり、帰ったのでした。


もう天皇は、昔のように、

私の気持ちを問いかけてくださったり、

お答えするのに苦心して、お互いの意思疎通をすることも、

無くなって、久しくなったのです。




☆客家(はつか)

この時代、白人、更科人、科人、

華人、韓人など、多くの民族を、八家といい、

八卦や、陰陽道などをはじめとして、

異国の宗教を司っていたようである。




古代の日本人は、真名の言葉を話す、

「あゆ」という人々が居て、男女和合の道を通して、

天界へ帰る融合の道がありました。


そのたゆまぬ「あゆ」たちの努力の間に、

自然界の神々とつながることのできる、

「あや」という子供たちが生まれ、


「あや」が自然界の神々にのぞまれて、

結婚した者は「みつ」とよばれるようになり、

神々と「融合」の道を歩んでゆくと、

もう人間の世界に生きることがなくなる。


「あゆ」というのは、あゆの教えを守って、

自然界とともに生きる者。


アイヌや、イヌイット、と呼ばれる人々とは、

自然に対する価値観が、少し違うのです。


自然とともに生きるというのは、

狩猟採集生活をして生きる、ということとは、

少し違うのです。



今与えられている物があるのであれば、

それ以上をむやみに採らない、狩をしない、

そして、変化に合わせて、柔軟に対応してゆけることを、

もっとも大切なこととしているのです。


それは、人間の原理で生きるのではなく、

すべて、自然界の原理を生きる者。


たゆまずに、その道を歩む、歩く、ということが、

この地球で失われてしまっている、

「Arc(アーク)」なのだと思います。


あゆとは、愛融(あいゆう)、

愛と融合、

愛とは、I(あい)、You(ゆう)

I am that You are.

愛し合う男女の間においてのみ神となり。


神の領域で、神なる「さる」となる。

「さるものの目」、

「キング・サーモン」も、

「さるもん」をあらわし、


神との融造(あや)は、

鳥(ゆう)。



つづく






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# by kotorihua | 2018-12-11 12:20 | Ladybird
春はあけぼの ~枕の謎がとけるとき~ 1 'The Mystery of the Pillow Book’
昔の人は、お経を枕に敷いて、お守りにしたというけれど、

お経そのものは、自然界の昆虫さんや、小鳥さん、

草木や、鹿さん、猿さん、彼らみなの歌や、さえずりや、

清らかな心の中に、語ってくださる言葉や、

伝えてくださる文字を、文章にしたに過ぎないのだから、


本当は、あなたのために、自然界の生き物が、

優しく心を開き、歌ってくださったり、

そばに舞い降りてくださったり、

優しいまなざしを向けてくださるだけで、

偉大な救済の力を、発揮してくださる。


小さな庭の、小さな植物さんの葉の上にさえも、

前日の夜に降った、美しい雨の水が、

昇る朝日の、黄金の光を反射して、

その光は、あなたの内面の深い、意識の領域、

心の領域、そして、物質を超えた物質、内裏(ダイリ)までも、

深く癒してくださる、尊い神の働きとなる。


人は、もっと静かに振る舞い、歩をゆるめて、

呼吸を深くして、自然界の彼らが安心してそばに、

訪れてくださるように、自然を深く見つめ、愛し、

大切に想う必要がある。


命の持つ、光の衣に包まれるなら、

何者の思念も、あなたを捕らえることはできなくなるのだから。


みつ花





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# by kotorihua | 2018-12-08 11:38 | Ladybird
「思いの力学」~家に住まうクモさんの存在意義~3
特に、日本では、お彼岸の頃から、

人間の世界には、精神的に、意識的に、

不調和なことが起こりやすい、

そのような、期間というものが存在します。


また、同じ日本であっても、

日本は、南から北へ、東から西へと、

S字の曲線を描いて、長く、広く伸びているので、

季節が、生命エネルギーを運んでくる時期、というものは、

桜の開花前線というものが存在するように、

微妙に、各所に、ずれが生じるのです。


また、それと同じように、

世界中のどこの地区であっても、

この時期、何らかの不調和が、起こりやすかったり、

それゆえに、お祭りをしたり、

何らかの行事をする地区というのは、

世界各地で、古くからあることなのだと思います。


各地、緯度も、経度も違いますし、

また、気候や、地形も違うのですから、

そのように、生命のエネルギーが、

その土地に住まう人間に、働きかける時期というものも、

各地すべてに、違いがあって、当然であると思います。


地球という生命体というのは、

杓子定規のように、南だから暑いですとか、

北だから寒いなどと、ロジカルに表現できるものではなく、


球体である上に、最差運動もあり、

さらに、固体だけでなく、水分という、海水や、

気体、という大気を身にまとっていますので、


人間が単純に思い考えつくような、

人間であれば、こうなる、であるとか、

この温度であれば、こうである、などという、

理論の、枠の中にあてはめられた、法則ではなく、

ましてや、すべてがいつも同じように、

同じ時を刻んでいる、人間世界の時計とは、

まったく違う、標(しめし・しめ木)の中にあります。



たとえるなら、それは、まるで、

鮮やかな極彩色の、グラデーションのように、

フランス刺繍の、多彩で繊細な色彩の、

グラデーションのように、ふくよかな、

豊な、標示であり、


時計とは、まさに花が咲く植物さんや、

実りを迎える実が、しめ木となり、時を告げるように、

繊細で優美な時を刻んでいるのが、

この、地球の生命体という、

命の、揺らぎの中にある、

優しい古代の時間計(じかんけい)なのです。


とても、不思議なことがあります。

たとえば、春なのに、もうすでに実を結ぶ、

イチゴ、木苺、小さな蛇イチゴまで、


時には、遠く離れた場所に訪れる、

生命エネルギー流が、今地球の、どの地域にあるのか、

実りによって、正確に伝えてくれることがあります。


あるいは、冬に実るレモンや、

色づく、温州みかんなどの柑橘、

さらには、一度色づいて、もう一度緑色になり、

再び、黄金色に変わる、橙の実

(西洋ではマーマレード用の柑橘)などもあります。


自然界の生き物の種の、全員のまなざしで、

自然界を優しく見つめるとき、

彼ら生き物は、自分の住まう土地だけでなく、

仲間たちの住む、すべての土地が、

清らかで、幸せで、豊かであってほしいと、

心から、温かく見守ってくださっていることを知るのです。


タペストリーを織るように、

命は、地球という、美しい世界に、

植物さんの花や実で、

素敵な衣を、まとわせてあげたいと、

心から願っているのです。


人が、自然と一体となって生きるとき、

この地球という存在、そして、

地上の、すべての自然界の命が、

優しく、優美な存在であることを知り、

これからは、もっと、今以上に人々が、

彼らに対して、失礼の無いように振舞うことが大切です。


この聖なる星、清らかな宇宙の中の、

純粋な命の、守り手として、

そして、彼ら神々の子供たちとして、

守られ、存在できることの誇りを、

神とともに、今、生きていることを、

心から深く、感じずにはいられなくなるものです。


そのような、生命から流れてくる、

命の躍動のエネルギーは、彼らと同じように、

立派な自然界の一員となれたときに、

初めて、真に、同調できるのです。

その同調ゆえに、偉大な恩恵が注がれるのです。


人間の世界の多くが、今、

崇高な、精神性をなくしてしまったので、

この、素晴らしい、

季節という神がもたらしてくださる恩恵に、

多くの人が、預かれなくなっているのです。


では、この、繊細な生命がもたらしている

エネルギーというものに、

どのように、崇高な存在となるべく、

心を同調させていったらよいのか、という課題を、

これから、お伝えしてゆこうと思います。


つづく


みつ花






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# by kotorihua | 2018-10-10 16:25 | 森のジュエル昆虫



古えの奥義・天の鳥船と伝説の小鳥たち
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