本当に大切なこと
私たち人間から見ると、人間の勝手な振る舞いによって、

自然がどんどん、その緑の場を失ってしまっているように思えます。


緑豊かな庭のある、古い家屋が壊されて、

樹木をすべて抜かれてしまい、つまらないプレハブのような家が建つ。

庭は、すべてコンクリートで覆われてしまう。

私は、いつも泣いてしまいたい思いがしていました。


いつもそこに暮らしていた生き物は、皆どこかへ行ってしまう。

そのようなことに何度も遭遇する、人間の住む町の中で、

樹木さんは、それでも人を責めたり、何か一言いうというような行動を、

絶対にしてはいけないとおっしゃるのです。


そして、むしろ、その破壊と見える行為も、

大きな摂理から見れば、何らかの神の意図があってなされたという、

本当に深い理を悟り、今起こることのすべてを佳きことと思うようにと、

何度も何度も、私に教えてくださいます。


まるで修行者のように、多くのものを手放して生きる私たち家族に、

人間として生きる喜びを知るために、

「それでも」必要最小限の中で、ささやかな喜びを

見つけてゆくことの大切さを、教えてくださるのです。


もちろんいつも行き過ぎには、必ずブレーキをかけてくださって、

「喜び」が、「欲望」に発展しないように、常に導いて下さいます。



そのようななかで、スズメさんからいただいたメッセージを

今日は、お伝えしたいと思います。


★★★

ボク達は、昔から人間の進化を見つめ、見守り続けてきました。

時には間違いや、無駄も多くありますが、

それは問題ではありません。

その中から学ぶこと、多くの中から生まれる、たった一つのよきもの、

そのための人々の努力、素晴らしいことです。


スズメは、人間の文明を楽しみます。

それとともにあります。

それがボク達の生き方だからです。


みつ花がボクらを好きになってくれた、

そのことと同じように、ボクらは人間が大好きです。

面白くて、楽しいです。


みつ花、人生に喜びを忘れないで…。

みつ花、ボク達も、一緒に楽しんでいるんだよ。


☆☆☆


私たちの生活で必要なものは、

ほとんど神様が前もってそれを夢で知らせてくださいます。

そして、夢の中で見たものを、お店で探して購入するのです。


店にはあふれるほどたくさんの品物があります。

中には、私が個人的に、素敵だなと思うものもいくつかありますが、

でも、神様のおっしゃるものは、それらではなく、たった一つです。


その、たった一つを探し出すのが、我が家の買い物の仕方なのです。

そのような購入の仕方をしているうちに、

いつの間にか、無駄なものを買うこともなくなり、

買い物の失敗も無くなり、お金の無駄遣いも無くなってゆきました。


そして、なぜでしょう。

神様に伝えられて買ったものは、

みな値段はまったく高くない、素朴なものばかりですのに、上品で、

いつまでも、いつまでも、愛着が尽きないのです。


次のメッセージは、ごく最近のものです。


★★★
みつ花、話したいことがあります。


昨日の買い物のことです。

人はいつも自分優先に買い物をするものです。


自分の気持ちを抑えることは、難しいのです。

あるがままを追及すれば、それは真の美しさや品性からは遠ざかり、

過度な装飾に、人は見るに堪えないものとなってゆくでしょう。


みつ花は十分に節制できました。

神の指示によるもののみを探すことで、虚飾や欲が何であるか、

分かって来たのだと思います。


神を知ることは、自然の美学を身に付けること。

それは、人を無駄のない美しさに高め、振る舞いを洗練します。


「衣食住」を、自然の美に高めるときに、

人の失われている足は戻り、獣的な欲望や、習慣、

飢(かつ)えた思いは消えてゆくのです。


常に、自然の美、そうありたいと思うことを目指して、進んでください。


☆☆☆


また、神様は夢の中で多くの衣(ころも)をくださいます。

布や幡もくださいます。その多くが大小さまざまなハンカチーフですが、

一枚一枚が、佳き心を形や模様にしてくださっていて、

自然界の神々が、一瞬で織り上げてくださる、無縫の布なのです。


こうして日々ブログで真実をお伝えしましたり、

自然界に対しての思いが、彼らに通じると、

必ず私の「魂」や「心」へのギフトとして、

美しい織物や衣を贈ってくださるのです。


ある日、レースで編まれた美しいドレスを見せていただいたときに、

何か一枚でもいいので、実物のレース編みの布を

買いにゆきたいと思いましたときに、


自分から買い求めるという気持ちをたしなめるために、

このようなメッセージをくださいました。



★★★
みつ花、話してもいいですか。


人の生み出したものは、みな神の世界にある物の習いです。

すべてが完璧にある世界のものへ近づくために、

人は修練を積みます。


レースや刺繍も、また、家具なども、みな模倣に過ぎないのです。


心を空(くう)にするときに、神がどうしてほしいのか、

自(おの)ずとわかると思います。


神は、必要になったとき、はじめて人に与えます。

☆☆☆


人が、この現実の世界で暮らすとき、

物質を生み出すには、多くの素材となる命が費やされてゆきます。

それでも神々は、それを私たちに許してくださりつつも、

適切な時、適切な量というものを、大変重要なこととして、

心がけていらっしゃいます。


人が、未来に渡るまで、この地上で自然界とともに生きるとき、

やはり、物質と生活の必要性と、喜び(多くの人にとっては欲望)の、

バランスをとることを、人間に学んでほしいと思っているようです。


私たち家族も、日々学びの途中です。

自分の好き勝手に選ぶのではなく、

かといってすべてを禁止するのではない、

非常に繊細な領域のことです。


人間の未来というのは、実はこのような選択のいかんに、

託されているのではないかと。

とても重要なことと思えてならないのです。


みつ花
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by kotorihua | 2012-09-12 11:42 | 知性への扉
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