「身土(しんど)」古代核戦争の痕跡
大自然の神々は、古代、日本にはたくさんのインド人がやって来て、

農耕や文化を伝えた。と、教えてくださいました。


しかし同時に、それが故に、日本古来からあった文明である、

神々とつながって生きる、摂理にそった生き方や、

異次元にある楽園と、この三次元の世界とを転生し、

行き来するための叡智を、

すべて忘れることとなってしまったといいます。


大いなる神々の概念でいえば、それもまた、

進化の方向性の一つであったそうですが、

それは、再び人類が摂理と叡智の場に戻ってくるための、

学びであり、それは学ばれてこそ初めて成功した、

といえるもののようです。




身土不二(しんどふじ)もしくは(しんどふに)とは、

本来は、仏教由来の概念ではなく、もともとは古代のインドにあった、

深遠な言葉でした。


身土(しんど)とは、インドの古名であり、

「シンド」と呼ばれていたそうです。


ラテン語を由来とする言語や、古代のメソポタミア地方など、

共通の音(おん)に引き継がれている意味などは、

人が考える以上に、非常に古い時代の記憶を伝えています。


もともとは、「月と星の道」

という意味だったそうです。


メソポタミアでは、「シン」といえば「月」であり、

中華圏では、「シン」といえば「星」です。

天地自然を表す、大まかな音(おん)や概念というは、

どんなに長い時間が経っても、変わることなく人々に伝わって

いることが、本当に不思議であり、感動します。



この記事をしたためようとしているたった今、

スズメさんがメッセージを伝えてくださったので、

みなさんにも、お伝えしたいと思います。


★★★
みつ花、話してもいいですか。


古(いにしえ)の「シンド」は、「月星の道」でした。

その奥義を、古代インドは伝えています。

月星は、どちらも「シン」です。


太陽という輝くもの、

そして、それに照らされる星や月は、神の叡智に対して、

謙虚であることを伝えたのです。


ゆえに、その言葉は、日本の「神道(しんとう)」の中にも、

受け継がれているのです。


人は、哲学、つまり、神に与えられた叡智の一部である、

「意識する」、「思惟する」ということのみでは、悟れません。

神が導き、宿ってはじめて、それはなされるものだからです。


それゆえに、「神道」と名づけられましたが、

本当の意味は忘れ去られ、人々は、

人間の中で神と名乗り、月と星のような慎ましさ、謙虚さを、

失ってしまったのでした。


人の意識に神が働きかけるならば、何も心配はないのです。

(しかし)人が、人の間のみで物事を進めようとは、

考えてはいけないことなのです。

☆☆☆


「シンド」には、もう一つ、深い意味があります。

それは、古代の核戦争の痕跡と、事実を伝える言葉でもあるのです。



「シンド」は、灰の大地、死の灰の地という意味です。

広大な土地が、砂漠となり、それは今もって変わることがありません。

それは、神の怒りに触れてしまったからです。

(神々の怒りというよりは、破壊されたことによる人々の怒りが、

カルニキシンを発生してしまったことによって、

暴発してしまったのかもしれません。

詳しい状況はわかりませんが、この時、衛星である月も含む、

広い範囲で、核爆発の影響があったことは間違いないようです。)



古代の日本は、インドのことを、「身毒(しんどく)」と呼んだそうですが、

これには、死の灰をかぶった、毒の土地という意味もあったのでしょう。

日本人は、この事実を知っていて名づけたのだと思われます。



同じころ、エジプトやメソポタミア、ペルシャなども、

死の灰をかぶりました。

エジプトは、「カムド」といい、黒い大地と呼ばれるようになりました。


人は、その文明の名残によって、今があるのだと思いますが、

どれくらい古い出来事であったのか、わかりません。

しかし、大自然の神々とともに生きているならば、

いつの時代であっても、その時の間違いや、真実を伝えられ、

教えていただけるのだと思うのです。


広大な土地が、死の灰をかぶって人が住めなくなり、

人々は、移住をはじめます。


失った叡智の奥義を宿していた、その頃の日本に、

やって来たのかもしれません。


また、大自然の奥義は、日本人のみならず、

自然界の神々と、ともに生きるアメリカインディアンや、

各地に暮らしている少数民族の、知性ある人々の中で、

つちかわれ続けているものなのだと思います。




滅びの記憶は、繰り返し繰り返し、遺伝子に引き継がれ、

人はいつの時代にも、とどまることなく、先祖たちと同じように、

移住や移動を繰り返しているのです。


人は、人間の考える矮小な哲学という概念にとらわれるならば、

どんなに無(む)や、空(くう)という境地を得て、

遺伝子のもたらす災いを消去できても、

空(くう)である心に、「大自然の神とともに生きる」、

「神々に学ぶ、導かれる」、という心構えがなければ、

虚無の罠にとらわれて、真実を見失ってしまうのです。



この世のすべてが幻で、来世も幻で、神も幻であるとした、

だから何をしてもいいのであるという、

即物的な概念を生み出してしまった、人類の過ちは、

もう二度と繰り返してはいけないと思います。



神は実際に、大自然のすべての生き物の中に存在し、

反物質は、宇宙空間やこの現実の世界に確かに存在し、

多次元の世界は、確かに「神の真実の場」に存在しているのです。


神と暮らす楽園というのは、本当に実在していることを、

虚無におちいっているすべての人に伝えることが、

私の仕事かな、と感じています。


みつ花



*インドの語源である、「シンド」、「シンドゥ」は、

事実、やがて、ヒンドゥーという言葉に変化したそうです。

それは「インダス川」という意味であるそうですが、

これは昔といっても、比較的新しい現代でのこと。


神様の伝えることによると、「月星の道」というのが、

「シンド」、「シンドゥ」の、もっと古い真の意味だそうです。
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by kotorihua | 2012-08-27 19:21 | 超古代と遺伝子の病
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