身土不二(しんどふじ)とは
北宋の僧がもたらした、『維摩經略疏垂裕記』にある一文に、

身土不二(しんどふじ・しんどふに)のことが書いてありました。


『維摩經略疏垂裕記』

「二法身下顯身土不二

由依正不二故便現身即表國土

離身無土者荊溪云

此是法身身土不二之明文也」


二法とは、

「オシの者(忍の者)」の伝える、「大自然の神の法、つまり摂理」と、

「ユマ、ユイマ族」の伝える、「人の法、民の法」とがある。


「オシの者の法」、摂理においては、

木を切ってはいけない。それは高貴な人を殺すことと同じである。

草を抜いてはいけない。それは御親を殺すことと同じである。

生き物を、動物を殺してはいけない。

彼らは、生き物の衣をまとった人間や神である。


これらは、人の中の魂(たましい)の側面を、

損なうことなく生きることによって、神の叡智に到達する、

神々が伝える、もっとも崇高な教えです。


「ユマ族、ユイマ族の法」、つまり、人が人として生きてゆくためには、

樹木で家や日常の道具を作る必要があり、

草を食べ、命である生き物を食べて生きてゆかなければ、

肉体は成り立たない。という教えです。



神の世界から見たら、樹木にも動物にも、

この世のすべての命には、人型の神が宿る、

なので、人がいわゆる普通に暮らすことは、

人の世界でいうところの殺人であり、盗人である。という論理です。


しかし、それがゆえに私たち人間は、

神々に食べ物を分けていただき、着る物、衣や道具を、

生活に必要最小限な分だけを、分け与えていただき、

そのことを深く感謝して生きる。というのが、

古代、神々と人の交わした、大切な約束でした。



上記にある維摩経の漢文の、本当の意味は、


「二法身下顯身土不二

由依正不二故便現身即表國土

離身無土者荊溪云

此是法身身土不二之明文也」



「大自然の神、摂理のもたらす法と、

人の世の中で生きる上で、食べ物を食べ、衣服や住まいをいただき、

暮らしてゆく囚われの身という、

宇宙の支配する摂理や、物理的法則の二つの仕組みの中で、


身土(精神と肉体)は、決して二分することができないものだと、

おのずとわかってくるものである。


天にある「精神や魂(たましい)」と、

地下にある「魄(はく)、つまり蟲を成すもの」は、

まさしく、この二法を修め深く知ることによって、

地上表面の大地に、「人間」として立つことを知るのである。


魂(たましい)が地上地表から離れ、体を無きこととするならば、

魂(たましい)はいばらによって苦しむつらい様を見、

魄(はく)宿る肉体は、天へ還ることなく、

川を流れて、此岸と彼岸の間の海を漂う亡者となるだろう。


このこと(神の世界の真実の顕現)が記されているがゆえに、

身土不二、つまり肉体と魂は、分け隔てるものではないということの、

証明された文なのである。」



*荊溪とは、土地の名であると同時に、

現代の無明の苦しみが支配する、この世界のことをいう。





これは、神様の世界の真理を物語っています。

それを、「見たこと」によって、この文が本当のことだとわかる。ように、

「それを見た」私にも、これが真実であるとわかるのです。




後の世界の、インド人は、この本来は精妙な世界で、

木が切られること、草が抜かれることの悲劇を、人間ゆえに、

神の、摂理の法を破って生きても、致し方ない存在なのである。という、

奥深い真理であるものを、

そうではなく、人間の物理的法則の善悪の概念である、

実際の人間を殺したり、窃盗をすることをも、

良しとしてとらえてしまったことに、

後の人間の世界の不幸を作り出してしまった経緯があります。



身土不二(しんどふじ)という言葉には、

実はもっと古い時代の深い意味を伝えています。


身土(しんど)というのは、小鳥さんから伝えられてことによると、

インドの古代の呼び名なのだそうです。


私も、少しネットで調べてみましたら、

古代日本では、インドを天竺(てんじく)と呼ぶ前は、

「身毒(しんどく)」と呼んでいたそうです。



もっと調べてみますと、面白いことに、

インドは、ペルシャなどからは、「シンド」と呼ばれていたそうです。

「シンドバット」も、「インドの風」という意味なのだとか。


神様に教えていただいた、「身土(しんど)」の意味は、

とても深く、身(しん)は体を表し、また、「月」という意味でもあるそうです。

偏である月は、「にくづき」つまり身体を表し、

漢字では、肉体を支配する「月偏」が、肉体の部分を表す漢字に、

つけられています。


また、古代のメソポタミアでは、「シン」といえば、

「月」や、月の神様の名であることも、非常に興味深いです。



「身土不二」の柱は、人体の三本の柱のなかで、

三本目の中央の柱を表します。

「日月星」であるところの、月の柱です。


それは、ある意味「天竺(てんじく)」へのルートであるともいえますので、

日本には、やはりインドからたくさんの人々が、

古代に入って来ていたのだと、感じざるを得ません。


それは、「大自然の摂理や神」の教えに共通のものがあり、

それゆえに、インドでなくしてしまったそれを求めて、

やって来たのではないかと思われます。


みつ花
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by kotorihua | 2012-08-27 16:14 | 超古代と遺伝子の病
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