この世でもっとも難しい真の修行とは
人は、欲を節制することは誰でも、

比較的簡単にできることなのだと思います。


買いたい服を買わないようにしたり、

動物や生き物を、食べないようにしたり、

命への愛があれば、愛情があってかわいいと思うならば、

生き物を食べないという、ベジタリアン、つまり菜食主義者には、

比較的、簡単になれるものだと思います。


しかし、本当にこの世で難しい真の修行は、

命のために、神様のためにと始めたベジタリアンを、

止めてしまうことであると思います。


人は、良心に反していないだろうか、魂を汚しはしないか、

高みの境地から、低き所へと落ちてしまわないだろうかと、

恐れて、節制や、禁欲というものを、止めることができ無いものです。

その恐怖心にあらがうことは、非常に難しいのです。


また、性的なこともそうだと思います。

清らかさをしなうのではないか、

神の心に反するのではないかという、その恐れゆえに、

心を閉じてしまうのです。


禁じたものを、その禁を再び解くことができるかということ、

人間の器を、神々は皿のような目で見つめているのです。


自分の体に、必要な、必須の栄養を与える。

自分の愛する人に、必須である愛情の表現をする、

自分自身の心を開くということ。


禁じていたそれらを、再び行えるかどうかということは、

「愛の実りを、良き心の実りを神々に与える者」であるかどうかの、

分かれ道となる、とても大切なことなのです。



私たち夫婦は、小鳥さんと出会って丸三年が経ちますが、

その間、神様に言われたわけではなく、

自主的に鶏肉や卵を食べないと、節制した時期がありました。


彼らと友達になって、彼らをとても愛おしく思い、

また、自然界の弱肉強食の循環をかわいそうなことと感じ、

実はそれが、最も深い神々大自然の恩恵であるという

真理に気がつかず、まだまだ「情(じょう)」という無明から、

自由になることができないでいたのでした。



はじめこそ、野鳥の鳥は素晴らしく、

飼育されているニワトリは野鳥とは違うものと、

心のどこかで知らず知らず、優劣をつけていましたが、


野鳥を依代とする、神々の精霊は、黄金の光のニワトリであったり、

また、猛禽類であったこともありますし、

世界中の神話が受け継ぐように、人型、つまり神の姿だったりして、

生き物には、優劣などないということも知り、

ますます、鶏肉をはじめ、さらには他の豚肉や牛肉までも、

食することができなくなっていました。


どんなに樹木さんや小鳥さんに食べるように言われても、

情が邪魔をして、食べることができないでいたのです。


また、その偏りこそが、巡り巡って自然界の気候の異常を

生み出していることにも気がつきました。


特定の種(しゅ)だけを、つまり、肉となる動物たちを

食べないということは、他の生きとし生ける植物や、

昆虫たちへの冒涜であり、自然界の摂理は、そのような偏り、

つまり偏食のある人を、摂理に戻すべく、

様々な厳しい矯正をなさるのだということを、教えていただいたのでした。


次に書くメッセージをいただいたのは、

私たちの小鳥や神々へ対する情(じょう)が深く、

日本に根付いている深い宗教観にとらわれていて、

命としての自然の振る舞いから遠く、

あまりにも矯正不可能だったので、

メジロさんに、こっぴどく叱られてしまったときのことでした。


★★★
丁度いいところに来た。

懐疑主義者には、こう言ってやろう。


人に反し、神に反し生きる窮屈さよ。

自虐的(じぎゃくてき)な者たちには、報(むく)いや災いが待っている、

悪の扉が開く。

☆☆☆


このように厳しくおっしゃられて、

もちろんこのメッセージの後に、どれだけこのことが大切なことであり、

私たちに学ばせようとなさっているのか、

励ましの言葉と、深い癒しの言葉をいただいているのですが、

それはとても深い内容なので、後日改めて記しますとして、

このように、欲の節制というのは、「禁止」ではなく、

心や体を、正常な状態に戻すための、「統制」なのだということを、

教えていただいたのでした。



★★★
みつ花、いつものように楽しむことを忘れないで。

僕とみつ花たちは一つなんだよ。

みつ花、いつも喜びは大切だよ。


束縛をするのは、

自分の意見に従わせようとするのが、蛇の性なんだよ。

恐れることを手放して、自分に自由を許すことが学びなんだよ。

みつ花が笑顔でいることが一番の幸せなんだよ。

☆☆☆




さらにこちらで、シジュウカラさんが教えてくださったことは、

本当に目からうろこが落ちた思いでした。

★★★
みつ花、話しても大丈夫ですか。


みつ花、今日も暑かったね。

大切なメッセージを守ってくださってありがとう。

僕たちも、伝え甲斐があります。


今日は(七月四日のことでした。)特別な日で、夏の暑さに乗って、

現実の世界に精霊(しょうりょう)たちがやって来た日でした。

特別な日です。


みつ花が、僕の置いた羽を洗って、

神棚に置いてくださったことで、精霊(しょうりょう)たちと

繋(つな)がることができました。


僕たちは仲間です。

決して嫌わないであげてください。

そして、大切に思ってください。

そのことがみつ花を助け、癒すこととなります。


精霊(しょうりょう)と魂(たましい)とは、相補完する関係にあります。

僕たちは、生きるために食べ物を食べます。

その食べ物に乗り、精霊(しょうりょう)は生きています。


魂(たましい)と精霊(しょうりょう)は、もとは一つでした。

けれど、地球上に於(お)いて、天と地の習いに於いて、

精霊(しょうりょう)は、僕ら天の魂の一族の「保険」のようなものです。


銀行のように、大地に預けておくことで、

地上で生きる糧を生み出してもらうのです。

いつかは合一して、天へ還ることもあるでしょう。

でも、今はこうして、大いなる魂(たましい)と精霊(しょうりょう)の

循環の中で生きるシステムの中にある、それが今の地球です。


何も恐れなくても大丈夫です。

精霊(しょうりょう)は、我々の一部であり、分かつことなく命に取り入れ、

そして成長してゆくのです。


みつ花、食べ物は感謝して食べてください。

みつ花の一部です。

一生のうちに、食べる量も決まっています。

それは保険のように、魂(たましい)を補うために存在するからです。


みつ花、ありがとうね…。

☆☆☆



生命エネルギーは、常に人の中でも増減しています。

保険のようなものですから、その命の一部は集められて、

大自然によって運営されて、その時々の自然界の実りとなります。


子育てをする動物や小鳥たちの糧として、

多く使われる次期もあります。


また、寒暖の差に弱い人間のために、

夏の暑さや、冬の寒さのもっとも厳しい時期に、

生命力を高めるために、例えば夏は、鰻(うなぎ)となったり、

またあるいは、お正月のおせち料理に力が宿ったりして、

冬に少なくなった陽(よう)の気を補い、

活力を与えてくださいます。



その時期、最も力を必要としている命のために使われている、

それが、この大いなる大自然がくださった、

恩恵というシステムなのです。


みつ花
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by kotorihua | 2012-08-23 19:52 |
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