余花(よか) ~桜とスズメ~
桜の花びらが舞い散る、もっとも幽玄な時、

桜の木の枝に、スズメの姿があった。
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舞い散る以前は、桜にスズメは止まらなかった。

なので、深いわけを、そこに感じる。


日本の、この大地は、人間だけが住んでいるのではなく、

たくさんの植物や生き物が暮らしていて、

その生き物たちが生きてゆくために、必要な植物が育ち、

彼らが安心して生きてゆくための食べ物が、そこには本来存在していた。


けれど、いつの頃からか、平地という平地は、

ほとんど人間の食べ物である、稲や野菜を作るための田畑に変わった。


これは、人間にとっては、家族を増やし、命を安定して存続させるけれど、

他の生き物たちにとっては、住むところがなくなったことを表している。

田畑となった環境であっても、

生きてゆける生物のサイクルが生まれて、そして田畑の放置という、

変化の時を、今、日本の大地は迎えている。


人々は、その田畑が、現代、作り手や後継者がいなくなったことによって、

失われゆく風景であると嘆く。


しかし、一つの生き物に過ぎない人間が、

繁栄する土地での善悪が、思い出が、

自然界に通用する良きことであるとは一概には言えない。


もともとそこへ住むことを許されていた、

多くの自然界の命たちにとっては、

失われてゆく景色は、また、自然のバランスなのかもしれない。


スズメが桜の枝にいることは、近年、田畑や空き地が少なくなったことに、

由来すると、人は口々に言う。


けれど、もしかしたらスズメたちは、

田畑という、変化した大自然に、この千年、

適応して生きていただけであって、

本来は、桜の木に止まり、花を吸い、若葉をいただき、

虫を食べ、生きていたことがあったのかもしれない。


田畑が住宅街など、人間だけに都合のいい環境に変えられてしまうのは、

私もつらいことだと感じてはいるが、

空き地となり、種から樹木が育ち、また野山に戻るならば、

それは、摂理にかなった、自然なことなのかもしれないと思う。

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田畑の魔法が解けたと、喜ぶスズメたち。
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同時に人もまた、田畑に縛られるという魔法から自由になったのだ。
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雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-05-01 13:34 | 小鳥と樹木
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