天の鳥船
いつものように山桜へ行くと、また山桜が和歌を詠んでくれた。

私は以前、上の句は神が詠むから神の句なのではないだろうか、と

何度か記述したことがあるが、

神様の詠まれる和歌の上の句には、思いだけがあって、煩いがないと、

そのように感想を語ったことがある。


しかし、近頃の山桜さんは、桜の開花に合わせて、

ご自分の成長に生命を活発化させていらっしゃるからなのか、

とても静かである。

くださった和歌も、文字だけがあり、思い煩いがない。と、

もう思いすらも感じることができない状態である。



返事はしたものの、それだけでは、次の和歌を詠まれないので、

こうしてブログにしたためることまでが、何らかの神様のご計画や、

望みなのではないかと思うので、

私自身、まったく意味もわからない状態ではありますが、

山桜の精霊さんが詠んでくださった和歌を、

ここにしたためておこうと思う。



 「遥かなる 時の旅路を行く船に」

と桜さんが詠んでくださった。



「船」という言葉で、私の脳裏に浮かんだのは、「星」である。

「星」、つまり「地球」を、永遠の時を運ぶ船にたとえていらっしゃる

ように思われた。


太陽は、昼の船、つまり「太陽」にのって、この宇宙を旅する。

その輝かしい光輝が、地球に届いて、私たちの命は生まれた。


そして、太陽は夜、地上を訪れるために、船を乗り換える。

それは「月」の船である。


そして実は、太陽が乗っているのは「月」だけではなく、

地上から見えるすべての「星」に乗ってやってくる。


月も星も、太陽の船である。そしてこの「地球」もまた、

太陽の光を乗せて運ぶ、命の船である。


宇宙から見たら、地球も同じ「船」なのである。

それを古代の日本人は、「磐船」や、「船石」といったのかもしれない。

そして、そのことを知るためには、鳥と樹木の双方から、

古代を見る目、未来を見る目を与えられて、宇宙を見、

叡智につながる必要があった。


だからそれは、叡智とつながっていた古代の日本人がそう呼んだ、

「天の鳥船」、「天の磐楠船」でもあるような気がするのである。

月も太陽も、そして地球も、永遠のはるかな旅をしている。


返歌を求められている下の句は、私たち人間が考えるものである。

どのような未来にしたいのか、

どのような進化を望むのか、

山桜は、私たち人間に問いかけてくださっているように思う。



なので、私は

 「みまごうほどの あや錦かな」と返した。



 「遥かなる 時の旅路を行く船に みまごうほどの あや錦かな」



以前の和歌で、「人も錦の一部なるらん」と詠んでから、

自然界の神々は、小鳥(天使)の能力を通して、人間に深い浄化の

プロセスを与えてくださったように思う。


自然と、地球が自然そのものの生み出す樹木や生き物たちであふれて、

そのあや錦の中に、良き人々となった人間たちがたくさんいて、

何かが、変わってゆくような心地の良い感覚を受けるのだ。


人間も見違えるようになるのだろう。

私にはそう思えてならない。



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-03-20 19:44 | 古今伝授
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