石たたくセキレイ
夫婦和合は、心や魂を見るための鏡としての象徴である。

本当に求められている和合は、魂の中にもフラクタルに存在する。


人は、自分の内面でさえまだ見る(知る)ことはできない。

また、他者の内面をもまた、見ることは不可能なものである。


だから、人間が一番ものごとを認識できる「場」、つまり、

この三次元で、夫婦和合について努力するときに、

また、自分の内面も、同時に調和へと向かってゆく、

その方法を伝えているのが、夫婦和合なのである。


つまり自分の結婚の相手、恋愛の相手というのは、

自分自身の魂を見つめるためにも、

人間関係の中で、とても重要な意味を持ってくるものである。



例えば、水と、石は、本来混ざらないものである。

水と、油も、本来結合しないものである。


しかし、その不可能な領域において、

可能とならしめる「なにか」があった故に、

今のこの地上の生命は存在しているのである。


鉄と油(タンパク質)が交わり、「血液」が生まれたときのように・・・

石は鉄になり、鉄は血になり、血はやがて金の光を生むように・・・


私たちは、生成と進化を繰り返して、

宇宙の設計図の通りに、はるかな旅をしている。


不可能を可能にする「なにか」とは何か。

私は、それを、種も性別も超えた「愛」ではないかと思う。


大切にする、思う心が、何とかうまく関係を成り立たせたいという、

優しい思いが、不可能を可能にするのだと思う。


こちらは、ハクセキレイの女の子。
f0216489_21185167.jpg

セキレイは、古い名を「石たたき」、「庭くなふり」、「まなはしら」、

「つつ鳥」、「とつぎ教え鳥」ともいう、

日本の神話でも、イザナギとイザナミの神々に、

夫婦和合の秘訣や、子作り(神生み)の方法を説いた、

神様の先生であると伝えられている。
f0216489_2119546.jpg

呼ばれている名のどれも、セキレイが人間の成長のために

与えてくれた尊い働きが、その名に表現されている。


しかし、セキレイの真の名は「庭つばめ」といって、

与えられている様々な名の働きをしながら、ともに人間と歩んで、

「庭に出てくる鳥」という意味を持つ鳥なのである。
f0216489_21212452.jpg


古代日本人が「庭」と言えば、それは楽園、

つまり天国への入り口のことをいった。

日本の庭園は、天国へ至るための、前庭なのである。


その楽園の入り口には、「庭の鳥」がいる。

もちろん神の使いである。


鳥は、決して一種類だけではない。

多くの鳥たちの働きが凝縮されて、象徴の鳥のように、

その庭で、私たちの魂が、生きているうちに楽園へ帰ってくるように、

成長するのを待っていてくださっているのである。


セキレイというのは、私たちの進化を拒む、大きな要因である、

「自分自身の思い込み」による囚われを、

解き放ってくれる働きをする。


その時、彼らは、しずく石となってしまった良き魂を、優しくたたく。

天から舞い降りてきた雨を受けて、しずく石は別のものに変ずる。
f0216489_21225138.jpg


天気の良い日に、ハクセキレイの女の子が、私と遊んでくれた。

彼女は、先日載せた彼女の写真で、羽衣が雨でぬれてしまっているので、

奇麗になっているところを写してほしいのかなと、

私は思ったのだけれど、

夜、魂の中にある、しずく石が変じたので、

ハクセキレイの魔法だったのだと、

その時気が付いた。
f0216489_2124283.jpg
f0216489_21242559.jpg


「石たたき」という別名が、ハクセキレイについていることは、

この由来からであったのかと、感慨深く感じていた。


言葉が残っているということは、人が、

それを見たことがあるということである。
f0216489_21252617.jpg


どんなに頑張っても、成長しても、

先人のたどった「道」の痕跡があり、

私は、それを発掘しているに過ぎない。


日本の文化は、どれほど深いのか、ちょっと計り知れないのである。。。
f0216489_21263183.jpg



雲雀(うんじゃく)
[PR]
by kotorihua | 2012-03-13 21:37 | 古今伝授
<< 白い天使 季節が変わるとき >>



古えの奥義・天の鳥船と伝説の小鳥たち
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30