和歌を詠む桜の木
しおりつることのできない心ゆへ

          桜の花は咲きにけるかな  雲雀(うんじゃく)


立春の日に見た夢の中の出来事を、和歌にした。

それからというもの、再び桜の木の精霊に、

和歌の猛特訓を受けている。


昨年の夏に、桜の木を訪れるようになってから、

秋の頃、桜の木が和歌の上の句を詠んでくるようになった。

それに私が下の句をつける。


難しすぎて、いつまでも返事をしないでいると、

ヒヨドリが、それでは失礼にあたるといって返事を急かす。


ヒヨドリも、素敵な和歌を詠む。

シジュウカラは、ロックが好きで、

スズメはクラシックや童謡も好きで、

ヒヨドリは、和歌がこの上なく好きである。


古来より、「ユズリハの上で、古(いにしえ)を恋ゆる鳥」というのは、

ヒヨドリのことである。

人に飼いならされていないヒヨドリは、

遥か遠い古代を見る力を与えてくれる不思議な鳥である。


樹木は、お日様の力や、月の力を得ることによって、

人と話したり、訪ねたりすることが可能となる。


樹木の種類によっては、日の出や日の入りの、日が昇ったり、

日が沈んだりする時の特殊な力を得て、人と話すものもある。


桜の木も、日の出や日の入りの頃、人と直接に話をする。


山桜の木が

「我が背子に急ぎて染めし初衣」(わがせこにいそぎてそめしはつごろも)

と詠む。

私は、神様からいただいた一張羅のことだと感じて、

「晴れの姿を早く見んとて」

と返す。

「我が背子に急ぎて染めし初衣 晴れの姿を早く見んとて」


すると山桜さんが喜んで、

「時を経てにしきを飾る野辺山辺」

と詠みかけてくる。


私は、返せずにまごまごしていると、

家に帰ってゆっくり考えてもいいよ。

と山桜さんが言ってくれる。


考え事をしながら、難しい顔をして家路へ向かっていると、

我が家の近くに、かつて文豪と呼ばれていた、

偉い先生が住んでいらっしゃったお屋敷があって、

今も子孫の方が住んでいらっしゃるようで、

そこに文豪の先生が木に寄り添って立っていらっしゃる。

真実の世界近くに転生してきているのは、

この地区ではこの文豪の先生くらいなので、

たいそう心がけや精神が立派な方だったのだとお見受けしている。


その先生が、難しい顔をして歩いている私に、

「どうしたんだい?」と、心配して声をかけてくれる。


「桜さんからこのようなお題を…」と伝えると、

文豪の先生は、いつもちょっとしたヒントを下さって、

それが、すごく的を射ていたりする。


自然界が、人にも時雨(じう)を注いで、

育ててくださることらしく、


春の芽吹きの彩錦の織物のなかに、

千年ぶりに人も加われるようなので、

「人もにしきの一部なるらん」

と桜さんには、返そうと思っているけれど、さてはて。


「時を経てにしきを飾る野辺山辺 人もにしきの一部なるらん」



雲雀(うんじゃく)
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by kotorihua | 2012-02-09 18:31 | 古今伝授
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