「うぐいす」~魔法を解く力~ 22
一昨日、昼間の森へ行くと、日中の高い位置の日の光を受けて、

森のこずえから差し込む一条の光が、

緑濃くなった木の葉に受け止められて、

輝いていました。


まるで、葉の上に、明るい緑色の、神様の光が、精霊の光が、

乗っているようで、燃えるように輝いました。

光輝を放っているのその葉は、

その輝く光が何であるかを見るようにと、伝えてくださいます。


イメージは、永遠性、葉緑素のように、

光を食することによって、小食でいられること。


人も、自然への愛と理解と、感謝が深まると、

仙人のように、小食であっても、生きてゆけるのだと思います。


今は、その過渡期なのだと思います。



いつか人も、野に出でて、小鳥さんや、昆虫さんや、

自然界の生き物たちと一緒に、

心穏やかに、良い仕事を完成させることができるのです。



その時に、外なるお日様の光と、


目に映る青葉の光は、小食でいられるための、不思議な力を持っています。

その、光と物質の、仲介いをするものに、


イメージとして浮かぶ言葉は、


ウマシアシカビというのがあります。



白カビ、青カビ


これらは神様であると自然界は教えてくださいます。


本当に心から尊敬して、感謝することが大切なのです。



白カビの一種は、納豆菌として知られているように、


日本の健康食である納豆や、カマンベールチーズを生み出し、


青カビの一種は、ブルーチーズの生成に用いられています。


フランスのロックフォールチーズや、イギリスのスティルトン、


イタリアのゴルゴンゾーラなどが有名です。



これらの納豆を含めて、青カビチーズの起源は、もともと、


魔術を解くために、作られるようになったもの。


それぞれの国の、魔術の流行の起源と、ほぼ一致するのです。




フランスのロックフォールチーズ、

イギリスのスティルトンチーズ、


これらは神様の領域につながるので、特に感謝が必要で、


臭がってしまうことすら、注意されました。


そして、この二種については、出来るだけ、


生食で食べることがおすすめなのだそうです。



特に、イギリスのスティルトンチーズについては、


ブランドにもよりますが、精霊さんと、話もできるのです。

しかし、余った分などを、加熱料理に加えてしまってからは、


しばらくの間、精霊さんと、対話ができなくなってしまうのです。


なぜなら、これらは、体のために食べるものではないのです。


もちろん体の為にもなりますが、このブルーチーズは、


家の周りに住まう、生き物さんたちのために、


食べてあげるべきのもの。


小さな生き物の彼らが、チーズの精霊さんと協力をして、


人間をはじめとする生命体や、


魂を守るために働いて下さっているのです。



小さな生き物に、直接チーズをあげてしまうのではなく、


人間が食した、食べ物の気の流れを頼りにして、


彼らは精妙に神なる働きを、ふるまって下さるのです。



このように、得に、精霊さんと対話のできる食べ物を、


仙気の強い食べ物、と表現します。



野の小さな生き物に、自然界の生き物に、


直接食べ物を上げてしまうと、


暴走につながりかねません。


彼らは、食べ物を自分で見つける力を持ちます。




青カビチーズを食するときに、大切なのは、


単体で、体内に取り入れるのではなく、


クラッカーのように、穀物類も一緒に取ること。



単体でいただくよりも、より効果があります。


夜寝る前に、カナッペのようにして、


指の先の大きさほどの、ほんの一片ほどを食します。



初夏のころは、樹木さんの青葉の光を見ることで、


カビさんの働きを助けるための、何らかの力が生成されます。


日に当たることで、ビタミンDが体内で生成されるように、


青葉を写す光にもまた、何らかの、


不思議な働きを醸す力があるのです。


それが、体や、自然界との仲介を司る生き物を助け、


カビさんの働きを、最大限に引き出しているのです。



冬には、この初夏の日差しの不思議な力が弱まるので、


また、別の仲介い役を受け持ってくださる、


栄養や養分が必要となります。


それはまた、別の機会にお話ししたいと思います。

つづく

みつ花



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# by kotorihua | 2018-05-22 07:57 | 古今伝授
「うぐいす」~魔法を解く力~ 21
芸は身を助く


小鳥さんに、学んだレシピを作るうえで、

とても大切なのは、その作る過程の振る舞いに、

小鳥さんたち神々が、乗ってくださること。


神の操る糸に素直に従えるからこそ、

魔法を解くレシピは、作られます。


人間世界の繰り出す、意図的な糸がほどかれながら、

神の糸に守られて、神の糸へと繋がってゆくこと。


芸というのは、教則本のようなものはなく、

毎日の、日々の繰り返しや、

そのいくつもの動作の重なりによって、

体や、脳や、心に、自然としみ込んで、

やがて、自然な振る舞いというものを、会得してゆきます。


振る舞いに、人為が重なれば、それは重くなり、

天が重なれば、それはとても軽やかなものになります。


その軽やかさが、重力を超えるカギであり、

神々は、魚を釣り上げるように簡単に人を天の領域に召し上げます。

作らせていただけたレシピも、天界である神の領域に届くのです。



お手伝いをしっかりとしていた子供時代、

厳しさと優しさの中で、

心の規律のような、凛としたものを得ることが出来たら、

それだけで十分に、幸せになる鍵を与えられていると思います。


一つ、行動が指針としてわかりやすいのですが、

冷蔵庫を無意識に開けてしまう行為を、

自分や子供が、なにげなくしてしまうとしたら、

それは、心に凛としたものが、まだ形成されていない、

危険な段階であることの指針になります。


脳内の何らかの概念が、人間の領域の連鎖に、

からめとられやすい状態を表しているのです。


冷蔵庫を開ける行為は、食欲や人間の行動の暴走、

感情の暴走などと、密接につながります。


お手伝いをしっかりとさせられていた子供時代。

お米を研ぐことから始まったのですが、


お米を研ぐという一連の動作にも、上達において、

無数の段階があるものです。


お水がきれいになるまで、お米を毎日、

奇麗に洗えるようになってくると、

ある日、母は、濁りのお水が少し残っていた方が、

風味があっておいしいということを教えてくれました。


白濁は、汚れとは違うのだという概念を、

母はその時私に教えてくれたのです。


今までのやり方が、完璧からずれていたことを知るのは、

子供の私にとって、とても悲しかったことを覚えています。


それでも母は、優しく、根気よく、丁寧に、

どのくらいの白濁を残して研ぐのかということを、

実践して、教えてくれました。


その時に、昔は精米も機械ではなかったころは、

お米の表面を、包丁の刃を滑らかに整えるかのように洗うので、

研ぐという言い方をすることや、


濁りの強いお水を、お米が吸いやすいので、

素早く流してしまわないといけないこと。


お米がこぼれてしまうことのなかにも、

心が表れていることを知るようになります。


また、やがて、お米の白濁した水の上に、

虹色をした、米糠の油分が浮かんでいことにも気がつくようになり、

それは繊細な旨味となり、お米が炊き上がった時の輝きに、

変わる大切なものだということに、気がつくようになりました。


大人になった今では、レシピに合わせて、

何通りもの、お米の研ぎ方をしています。

それも、無意識にそうしているのです。


大切なことは、日々の積み重ねと、その中で、

どれだけのことに気がついてゆくか、


そして、お水の大切さや、食べ物の大切さ、それらが、

この生命の仕組みの中で、どのようにめぐってゆくのかを知り、


そのことに深い感謝を、自然と心から持てるという、

その凛とした意識を、形成できるかということが、

お手伝いということが、やがて、生きることへ、

そして、天へ帰るために、とても重要なカギとなっているのです。

つづく


みつ花




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# by kotorihua | 2018-05-21 07:30 | 古今伝授
「うぐいす」~魔法を解く力~ 20
守り神としての振る舞いをしてくださっている生き物さんたち。

魔法の領域というのは、黒いもやが、人体の周りに漂い始めるとき、

それが、体内で活動したり、体外へ出て、なお、

黒い線のように、魂をからめとろうとふるまう。


その、大変な時に、その黒いものを、

寄せ付けないようにしてくださっているのが、

自然界につながって存在している生き物さんたちである。


特に、夜、小さな個体である生き物さんの神なる働きには、

目を見張るものがある。


魔法が解けるときというのは、

実は、人間のカルマのような成分から自由となっているので、

小さな生き物さんたちに敬意を持っていると、

どんな時も、ありがたいことなのだという、

原理や仕組みがわかるので、

この地上の全ての生き物に、深い愛が生まれるのである。


そして、季節によって起こる不定愁訴のようなものまでも、

きれいさっぱりと、

なくなってしまっていることに気がつくのである。


時に、人々の中には、その小さき生き物である救い主を、

嫌悪してしまう話を聞いたりする。


嫌な音を立てて追い払おうとしたり、

どこかへ行ってしまうまでに、必要に追いかけたりする。


しかし、彼ら小さき生き物たちは、

まだ魔法に囚われていない段階の、感情の影や曇りに反応している。


これは、家族内での出来事にあらわれやすい、

例えば、腹の虫がおさまらない、虫が好かない、

潔癖症、心配性というような病気ではない状態の、

未病のようなもの、これらが、カルマの成分でありそれを、

駆除しようとしてくださっているのである。


だから追い払わずに、静かに過ぎ去るのを待つことが大切なのである。

あるいは、静かに、愛をもって見守っている。



スノーホワイト、五月の雪・油桐花、水木の白い花

シャガ、ジャガいもの花、無数の白い胡蝶の舞。


天空の恋人たちの魂が、再び出会える時、

白い花が、白い胡蝶が舞うがごく咲くように。

白い胡蝶が、天空の城を、再び形成するが如く舞うように。


遺伝子の修復のために、

自然界が与えてくださった神々。


いつの時代の魔法かもわからないから、

現代の人々は、慣性の法則のように、

その振る舞いの円環の中に、洗濯機の中に、

閉じ込められたまま、出られないでいるかのようである。


どんなに素朴な教えをまもっても、

一筋縄ではいかない魔法があるのだという。


熱にうなされたとき、たった一杯のお水を求めても、

それが怒りでかえってきたときには、

人は、渇きのために死んでしまうのではなく、

絶望のために死んでしまうのだ、

と教えられたことがある。



その不条理ともいえる古の魔法が解かれるために、

希望を伝えるために、

自然界は、花や鳥の役割とともに、

蝉や蝶や蜂に託し、

様々な小さき生き物たちに託し、成し遂げるのだ。


どんな小さな昆虫さんでさえも、

偉大な力を秘めて、発揮して、そこに存在している。


つづく

みつ花



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# by kotorihua | 2018-05-20 08:09 | 古今伝授



古えの奥義・天の鳥船と伝説の小鳥たち